「遺言書」と聞くとあなたは何を思い浮かべるでしょうか?
もしかしたらミステリー小説やテレビドラマを連想する人もいるかもしれません。そこまでいかなくても、なにか自分とは“縁遠いもの”と感じている人も少なくないでしょう。
しかしながら、「終活」という言葉も一般的になってきた昨今、改めて遺言書の存在がクローズアップされています。2015年に相続税の増税が行われたこともその要因の一つで、相続税の対象となる家庭が大幅に増えたことで遺言書の重要性が再認識されました。
ただ、相続において一番大切なことは「節税」ではないのと同様に、遺言書がその効力を発揮するのは節税ではありません。もっと別のところに、遺言書の真の役割があります。
当然、遺言書とは「死」を前提にしたものですから、誰もが好んで話題にするようなものではないかもしれません。それでも、相続時の揉め事を軽減する力を持っているのも確かです。
そう、遺言書の真の役割、それは「分割問題」で遺族が揉めるのを防ぐことなのです。
「遺言書なんてお金持ちにしか関係ないよね」と思っている人も多いかもしれませんが、遺産総額が少なくても、いやむしろ少ない方が揉めやすいのが遺産の「分割問題」。適切な遺言書の存在で、相続が“争族”になるのが回避された例も少なくありません。
今回のコラムでは「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、揉めない相続のための「遺言書の基本的な知識」について解説します。
一口に「遺言書」と言っても、実は大きく3つの種類に分かれるのをご存知でしょうか。
その3種類とは以下の通りです。
・自筆証書遺言
・公正証書遺言
・秘密証書遺言
同じ遺言書でありながら、作り方や相続発生時の手続きに違いがあるこの3種類の遺言書。それぞれの特徴とメリット・デメリットを知ることが、適切な遺言書を残すための第一歩です。
一つずつ詳しく見てみましょう。
「被相続人(遺言を残す人)が自ら文面と日付を書き、その上で署名捺印する」が、自筆証書遺言です。
テレビドラマなどに登場する遺書のイメージに一番近いのがこの形かもしれません(笑)。資産家が一人遺言書をしたためるようなシーンは誰でも目にしたことがあるでしょう。
自筆証書遺言のメリットとデメリットはどのようなものでしょうか。
「公証人に作成してもらった上で、原本を公証役場で保管してもらう」のが、公証証書遺言です。
被相続人が公証役場に赴き、公証人に口頭で遺言の内容を話す形をとります。法律の専門家である公証人が、その内容に基づき遺言を作成するという段取りです。
作成時には相続財産に関して利害関係のない2人以上の証人の立会いが求められます。相続人(遺産を受け取る人)は原則として証人になれませんので、注意が必要です。
「遺言書を自分で作成して封をし、公証役場で保管する」のが秘密証書遺言です。
公証証書遺言と同じく証人が必要ですが、あくまで封をした上での「保管」の立会いですので、遺言書の内容が証人に伝わらない点は大きく異なります。
端的に言えば、「遺言書が存在していることを明らかにするだけ」の制度ですので、実務ではあまり使われることはありません。
3種類の遺言書のうち、自筆証書遺言と秘密証書遺言には家庭裁判所による「検認」が必要です。「検認」とは聞き慣れない言葉だと思いますので、補足しておきましょう。
検認とは、簡単に言えば「遺言書の現状確認」です。
自筆証書遺言と秘密証書遺言は、その性質から書いた本人にしかその内容は分かりません。遺言書が執行されるということは当然その時点では本人が亡くなっている訳ですから、遺言書の元の内容を証言できる人が存在せず、ともすれば偽造や改ざんの恐れがあります。
そこで遺言書が初めて封を切られる時点で、相続人立会いのもとにその内容を明確にしておく手続きをとります。それが「検認」です。
誤解の多い点ですが、検認は遺言書の有効・無効を判断するものではありません。あくまでも家庭裁判所で遺言書の“最初の状態”を確認する作業です。その遺言書が法的な要件を備えているかどうかはまた別の話となります。
なお、検認を受けなくても遺言書そのものの効力に影響はありませんが、後々偽造や改ざんの可能性を指摘されてトラブルになる可能性が残されてしまう点は留意するべきです。
2020年7月から始まった「自筆証書遺言保管制度」により、自筆証書遺言を法務局で保管できるようになりました。
この制度を活用することによって自筆証書遺言のデメリットの大部分を解消することができるため、その意味では自筆証書遺言を補う仕組みとも言えそうです。
具体的には、法務局に預けることで紛失や改ざんの危険性が回避され、検認の必要がなくなります。また、相続発生時に指定された相続人対して遺言書が保管されている旨の通知が行われるので、存在が曖昧になることもありません。
ただ、保管されている遺言書が法的要件を満たしたものがどうかは別問題です。あくまでも保管を目的とした仕組みですので、内容について法務局は関知しないからです。
そのため、この保管制度を利用するのであれば、遺言書の法的要件に関して弁護士や司法書士等の専門家の確認が必要でしょう。そうすれば、自筆証書遺言のデメリットを解消し、公正証書遺言と並び得る選択肢となるはずです。
それぞれにメリットとデメリットがある3種類の遺言書。各タイプの特徴を理解した上で、自分にあった形を有効に活用するべきです。
冒頭に申し上げた通り、遺言書は「死」を前提にしたものだけに、やはり作成することに心理的な抵抗がある人は少なくありません。「そのうちに…」と思っているうちに結局作らずじまいだったなどというケースもよく耳にします。
これもあまり知られていないことですが、実は遺言書は何度でも作成することができます。書き直された場合は、民法上日付の新しい方が効力を持つことになっています。つまり、前の遺言書をわざわざ破棄しなくても、新しい遺言書で打ち消した部分は自動的に新しい内容が優先されるのです。
そう考えれば、遺言書を作成するのにも必要以上に身構えることもないのかもしれません。先延ばしにして思わぬ事態を招くよりは、ある程度の状況が見えたところで一度作成しておいて、変更の必要が生じたらその都度書き換えていくという方法もとれるはずです。
相続人の遺留分を侵さない点やトラブルが起こりやすいとされる二次相続への対策など、もちろん内容にも注意が必要ですが、遺産を巡る争いをなくすのが遺言書の本来の目的です。その意味では、遺言書とは被相続人が遺族に贈ることができる「最後にして最高のプレゼント」なのかもしれません。