年金を損得勘定で考えるのは大間違い

「年金はどう貰うのが一番得なのか?」

 

最近ネット上でそんな記事をよく見かけます。老後に年金をどれだけ受け取れるかという関心が高まる一方で、「どうせ年金なんて払った分だけ戻ってこないでしょ」という悲観的な声も根強く、年金制度に対する不安や不満は日本社会全体のものと言えるかもしれません。

 

しかしながら「“お金の相談”の専門家」であるファイナンシャルプランナー(FP)としては、こうした年金を損得で考える風潮には大きな違和感を覚えます。いえ、それどころか、日本の年金制度を損得勘定で捉えるのは大間違いと言っても過言ではないでしょう。

 

そこで今回のコラムでは、FPの視点から年金制度の本質について解説したいと思います。

 

なお、国民全員に加入義務がある「基礎年金」と会社員が対象となる「厚生年金」では細かい違いが存在しますが、今回は分かりやすさを重視して両者の差異は掘り下げませんのでその旨ご了承ください。


「年金=老後資金」ではない!

なぜ年金を損得で考えてはいけないのか?

 

その答えは、「年金制度は生命保険だから」です。

 

もちろん生命保険を投資商品のように損得で考える人もいると思いますが、そもそも保険とはみんなで少しずつお金を出し合って困っている人を助けようという互助精神の産物。年金制度もそれと同じで、本来は誰かが得をするために作られたものではないのです。

 

普段我々が年金と言うと「老後にもらうお金」のことを指すと思っている人も多いのですが、実はあのお金は「老齢年金」という年金制度のほんの一部分に過ぎません。日本の年金には「老齢年金」の他に「遺族年金」と「障害年金」があり、この三本柱で年金制度は成り立っているのです。


収入保障保険の役割をする「遺族年金」

 

このうち生命保険として一番分かりやすいのは「遺族年金」でしょう。

 

「遺族年金」とは一家の大黒柱が亡くなった時に、遺族に対して毎年決まったお金が給付される仕組みです。ここで言う遺族とは「子のある配偶者」または「子」を指し、子が18歳になった3月末まで(一般的に高校を卒業するまで)遺族年金が支払われます。

 

この仕組みを生命保険に置き換えれば、いわゆる死亡保障、それも一時金ではなく年金形式で保険金を受け取る「収入保障保険」がピッタリ当てはまります。あくまで子供がいる家庭が対象となりますが、年金制度に加入していれば自動的に収入保障保険に入っていることになるのです。

「障害年金」は就業不能への備え

 

次に「障害年金」ですが、これは病気や怪我で体が不自由になった人が障害等級表に定める等級によって決まった年金を受け取れるものです。病気や怪我というと入院保障をベースとした医療保険を連想する人も多いかもしれませんが、仕組みとしては近年様々な商品が登場している「就業不能保険」に近いでしょう。

 

就業不能保険は生命保険でも比較的新しい商品で、まだ形が定まっていない部分もあるのですが、概ねこちらも障害等級表に則ってその人の状態により保険金を給付する形となっています。

 

ただし、障害年金と就業不能保険には決定的な違いが存在します。それは就業不能保険は保険金を受け取れる期間が60歳までの商品が一般的なのに対し、障害年金は状態が変わらなければ一生涯受け取ることができるという点です。

 

たしかに就業不能リスクに対する保険ということであれば、一定の年齢で区切るというのは合理的な考え方かもしれません。それでも以前と違って定年の概念が曖昧となった現代社会では、死ぬまで年金を受け取れるというのは大きなメリットでしょう。その点においては、少なくとも現状で障害年金に勝る就業不能保険は存在しないはずです。

 

なお、年金制度は「1人1年金」が原則のため、障害年金と老齢年金の両方を受け取ることはできません。老齢年金を受け取れる時期が来たら、どちらか一方(大抵の場合、給付金が多い方)を選択することになります。

“長生き”は本当にリスクなのか?

 

さて、最後に残った「老齢年金」。これも生命保険と言えるのでしょうか。

 

結論から言うと、老齢年金は“長生きリスクに対応した生命保険”と言えます。長生きすることを「リスク」と呼ぶことに抵抗がある人もいるでしょう。社会的・文化的には長寿はめでたいものとされているからです。

 

しかしながら、FPとしてお金の観点から長生きを考えた時、退職して収入がなく生活費等の支出が続く状態はリスク以外の何物でもありません。しかもこの状態が長く続けば続くほど、そのリスクは拡大していくわけですから、老後資金不足が度々メディアの話題となるのも無理のない話です。

 

視点を変えれば、民間の保険会社に年金保険が存在することも長生きがリスクであることの証明かもしれません。実際に老後資金の備えとして個人年金保険に加入している人も少なくないはずです。

 

ただ、民間の保険会社の年金は受け取れる期間が決まっています。これまで払ってきた保険料を元手として何年かに渡って還元する仕組みとなっており、元々の財源に限りがある以上、ずっと給付し続けることは不可能だからです。

 

それに対し、老齢年金は障害年金と同じく終身に渡って給付されるというメリットがあります。このことを実現できるのは、国という大きな後ろ盾があってこそのお話。民間企業で真似しようとしたら、すぐに会社の経営が成り立たなくなるか、あるいはとんでもなく高額な保険商品となるのは明らかです。

 

もちろん、亡くなる年齢によっては結果として損をしたことになる人もいるでしょう。それでもその人が拠出した掛金は長く生きる他の人のためになっているはずで、これこそ生命保険の基本である互助精神に則った仕組みと言えます。

 

その意味でも、長生きとは働き手の死亡や就業不能と同じく保険で保障する対象なのです。

年金制度は“日本最強の生命保険”?

「年金制度=生命保険」と考えれば、損得勘定で捉えることの無意味さも理解できるのではないでしょうか。

 

老齢年金だけがメディア等でクローズアップされることで年金制度の本質が見えづらくなっている側面もあるでしょう。また、制度自体がつぎはぎの改定を繰り返すことで複雑になった結果、全体像が分かりにくくなっているのも確かです。

 

しかし、それでも年金制度は死亡リスク・就業不能リスク・長生きリスクに一度に備えられる最も効率の良い保険であることは間違いありません。誤解を恐れずに言えば、現代社会において“日本最強の保険”と表現してもおかしくはないはずです。

 

残念ながら、年金制度に関してはネガティブが印象を持っている人も少なくありません。会社員であれば税金と同じように強制的に掛金を徴収されているのもその一因でしょう。

 

加えて、世に向けて年金制度の重要性を説く人もほとんど存在しません。そんなことをしてもそこにビジネスチャンスは生まれないからです。

 

逆に民間の保険会社などは年金制度の有用性を説明してしまうと自身の売上や利益が減ってしまうだけですから、なるべく触れないようにする傾向すらあります。無駄な生命保険に加入しないためにも、年金の基本的な役割は理解しておくべきでしょう。

 

繰り返しになりますが、年金制度とは生命保険であり、互助の精神に則った仕組みです。困っている誰かを助けるためであり、なにより自分が困った時に助けになってくれるものなのです。

 

目先の損得だけで判断するのではなく、その本質をしっかりと見極めることが大切です。


(2024/10/16 文責:佐野純一)

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