「iDeCo(イデコ)」という言葉をご存知でしょうか?
最近、新聞や雑誌などのメディアでも取り上げられることが多いので、耳にしたことのあるという方も多いかもしれません。皆さんからお金の相談を受けるファイナンシャルプランナー(FP)としては、これからの資産形成を考える上でぜひ知っておいていただきたいキーワードでもあります。
iDeCo(イデコ)とは「個人型確定拠出年金」の通称です。
はい、ここで読むのをやめようと思った方、もう少しだけお付き合いください(笑)。
「個人型確定拠出年金」などと漢字が9個連なっただけでも、「難しそう」と拒否反応を起こす方は少なくありません。ましてや日頃あまりなじみのない資産運用のお話であればなおさらです。
でもちょっと待ってください。今、iDeCo(イデコ)が各方面で話題になっているのにはそれだけの理由があります。
実はiDeCo(イデコ)にはこれまでなかった画期的なシステムが組み込まれており、だからこそ特にこれまで投資に縁がなかった方こそ知っておいていただきたい制度と言えます。
「でも資産運用をことなんてよく分からないよ」という方、どうぞご安心を。「“お金の相談”の専門家」であるFPが、どなたにでも分かるようにiDeCo(イデコ)を易しく紐解いていきます。このコラムを読めば、きっとあなたも誰かにiDeCo(イデコ)のことを教えたくなるはずです。
「iDeCo(イデコ)」の正式名が「個人型確定拠出年金」であることは既にご説明しました。まずはこの漢字9文字を分解するところから始めましょう。
「個人型確定拠出年金」は、その意味から下のように4つの単語に分けられます。
「個人型」+「確定」+「拠出」+「年金」
iDeCo(イデコ)を一言で表すのであれば、最後の単語が示すように「年金制度の一種」ですが、この形は日本では2001年に始まった比較的新しい年金制度です。
それまでの年金制度とは一線を画す新しいシステムですが、なにが新しいかと言えば、その答えは3つ目の単語の「拠出」にあります。
従来の年金制度は「確定給付年金」と呼ばれます。「確定」も「年金」も同じですので、両者の違いは真ん中の単語が「給付」か「拠出」かの一点だけです。
つまり、従来の「確定給付年金」は「給付(受け取る)」金額が確定されている年金制度であったのに対し、「確定拠出年金」は「拠出(納める)」金額が確定している年金制度ということになります。
もっともこのネーミングは苦肉の作のようなもので、従来型の年金制度も当然納める金額(拠出)は決まっていたわけですから、もっと分かりやすく言えば、「以前は老後にもらえる年金額が決まっていたけど、新しい制度ではそれが決まっていない」ということになるでしょう。
この「もらえる金額が決まっていない」ということは何も悪い意味ではありません。従来より減ることもあれば、逆に増えることもあるわけですから。
肝心なのは、増えるにせよ減るにせよ、新しい「確定拠出年金」はその責任を個人である我々が負うという点にあります。
学校教育では資産運用について一切触れず、国民の大半が投資なんてやったことがない状況の日本で、大事な年金の運用をいきなり「自己責任」とするというのはなんとも乱暴な話ですが、そうせざるを得ない社会的背景が存在します。
ご存知の通り、我が国の年金は様々な問題を抱えている制度です。少子化に加え、長く続くデフレの影響で運用面でのプラスが予想を下回り、国や企業がその負担を背負う形となっています。
少し意地の悪い言い方をすれば、その負担を個人に転嫁したのが「確定拠出年金」とも言えそうですが、そこまでしないと日本の社会保障の屋台骨そのものが揺らぎかねない状況まできているのもまた確かです。
資産運用に馴染みのない個人にとって確定拠出年金は「招かれざる客」かもしれませんが、社会保険料の負担を減らしたい企業としては歓迎すべき制度です。その結果、個人の戸惑いの声をよそに、企業主導で確定拠出年金の導入数は急激に伸びてきているのが現状です。
確定拠出年金にはこうした企業主導で行われる「企業型」の他に、個人で行う「個人型」もあります。
以前はこの「個人型」は理解が難しいのに加え、加入できる対象者が限られていたため普及が進みませんでした。そこで今年(2017年)から対象者を大幅に増やしてほとんどの人が対象者になったのを機に、より国民に慣れ親しんでもらおうと「個人型確定拠出年金」に新しい愛称が与えられました。
それが、「iDeCo(イデコ)」です。
それではiDeCo(イデコ)のメリットとデメリットを見ていきましょう。まずはメリットからです。
iDeCo(イデコ)のメリットとは、ズバリ「税制面での優遇」です。
運用益が非課税であったり、受け取る時の所得税も負担が少なくなるように配慮されているのはもちろんですが、なんといっても大きいのが「掛金が全額所得控除になる」という点です。
誤解されやすいのですが、この「所得控除」とはお金そのものが返ってくるわけではありません。例えばiDeCo(イデコ)の掛金を毎月2万円、年間で24万円納めたとしても24万円がそのまま返ってくるわけではないのです。
「所得」とは“税金計算の基準となる数字”、そして「控除」とは“差し引かれる”という意味ですから、この場合の掛金24万円は税金の計算元になる金額から差し引かれることになります。
所得税と住民税は個人の「所得」に一定の税率をかけて計算するわけですから、「所得」が減れば当然税金も減ります。それが「所得控除」の仕組みです。
ただし、実際にいくら節税になるかを計算するのは少々厄介です。ご存知の通り、所得税は超過累進税率となっていて、その所得に応じて税率が変わるからです。
非常に大まかなイメージで言えば、平均的な給料をもらっている人の場合、掛け金の30%程度が戻ってくるようなイメージを持てば良いでしょう。
年間24万円の掛け金であれば、8万円程度の節税が見込まれることになります。一年で見れば8万円ですが、それを30年間続ければ総額240万円の節税になりますからこれは大きなメリットです。
一方で、iDeCo(イデコ)には大きく分けて二つのデメリットがあります。
まずは、「一度納めた掛金は原則として60歳になるまで引き出せない」という点です。
一度決めた毎月の掛け金を後で減額したり、あるいは払込自体を停止することはできますが、一度納めた掛け金を途中で引き出すことはできません。例えば、40歳の人であれば向こう20年間はお金を引き出せないわけですから、これは資産の流動性を大きく損なうことになります。
もう一つのデメリットは、「資産運用の責任は自分にある」という点です。
前述の通り、掛金が減ることもある一方で逆に増える可能性もあるわけですから、これは必ずしも悪いこととは言えません。ただiDeCo(イデコ)の場合、選べる運用商品の数が少ないことや運用に各種の手数料がかかることから、ある程度自分で方針を決めないと思ったほどの運用成果が得られない可能性が十分あります。
この「自分で方針を決める」というのがこれまで投資に縁がなかった人にとってはなかなかの難問で、この点がiDeCo(イデコ)にとっつきにくい印象を与えている感は否定できません。
さて、FPとしての私の口癖は「全ての選択肢にはメリットとデメリットがある」ですが、この両者は表裏一体の関係です。
iDeCo(イデコ)のメリット・デメリットも同じことが言えるわけで、突き詰めて考えれば、これはメリット・デメリットからiDeCo(イデコ)の本質が透けて見えてくるということでもあります。
ここまでの説明を読んで、あなたは不思議に思わなかったでしょうか?
「なぜ国は大幅な税収減を覚悟してまで国民にiDeCo(イデコ)をやらせたいのか」
我々にとって税制上の優遇が受けられるということは、国にとってはそのまま税収減を意味します。ただでさえ苦しい国の台所事情。国民のためを思って税金を安くしてくれるような甘い話はありません。必ずなにかしらの理由があるはずです。
その理由を考えることが、iDeCo(イデコ)の本質を知り、あなたにとってのiDeCo(イデコ)の正しい使い方を教えてくれるヒントとなります。
国が税収減をしてまで国民にさせたいこと。それを知るためのカギは上に挙げた二つのデメリットです。
iDeCoの一つ目のデメリットは、「一度納めた掛金は原則として60歳になるまで引き出せない」でした。このルールはなぜできたのでしょうか?
60歳まで引き出せないということは、60歳まで強制的に貯蓄をさせるという意味でもあります。そう、このルールの狙いは「強制的に老後資金を形成させる」ことにあるのです。
かつては当たり前のようにあった企業の退職金制度。労働者の手が届かない積立金は、まさに「強制的な老後資金の形成」に他なりません。まだ財源が確保できていた年金制度と合わせ、多くの人は特別に自分で準備しなくても勝手に老後資金が蓄えられている状況でした。
現在は違います。退職金制度がない企業も多く、国の年金制度はつぎはぎだらけ。「下流老人」という言葉を持ち出すまでもなく、老後経済的に破綻する人は今後増えてくることが予想されています。
経済的に破綻する人が増えれば、それはそのまま生活保護の利用拡大につながります。ただでさえ苦しい社会保障制度の台所事情。国としてもこれ以上負担を増やしたくないのは山々でしょう。
そこでiDeCo(イデコ)の掛金をあえて60歳までロックすることで、強制的に老後資金を積み立てさせることにしたのです。
老後資金に対する意識は人それぞれですが、同じ1,000万円でも受け取る年齢によって感じ方は変わってくるはず。例えば、40歳の人が手元に1,000万円あれば住宅ローンや教育資金に使ってしまってもおかしくありませんが、それが60歳となれば“目の前に迫った老後”に少なからず意識が向くのは想像に難くありません。
つまり、国としては「将来的に負担となる社会保障料>iDeCo(イデコ)における税収減」と試算したわけです。
それが掛金を60歳まで引き出せない本当の理由です。
もう一つの「運用の責任は自分にある」というデメリットには、国の「証券市場にもっと個人資産を投入させたい」という思いが透けてみえます。
日本の個人資産は現預金が占める割合が非常に高く、2016年末の調査では金融資産の約52%に上ります。同時期のアメリカの平均が約14%ですから、これがいかに高い数字かが分かります。
これは国民に金融教育を全く行ってこなかったツケでもあるのですが、デフレ脱却を目指す現在の日本経済にとっては大きな足枷となっています。お金が銀行口座やタンスに眠っているだけでは経済は活性化しないからです。
そこで、ここ数年で国は人々の金融資産を投資に向けさせようと様々な対策を講じています。運用益が非課税になるNISA(ニーサ)がその代表的な例ですが、こちらも証券会社にNISA口座を開設したものの、実際には運用を行なっていない人が多数いるのが現状です。
投資に対する抵抗感の根底にあるのは、損をすることが「絶対悪」であるという概念です。これは「資産運用への恐怖心」と言ってもいいかもしれません。
「増える可能性を一切排除してまでも減る危険性をなくす」というのは、多くの日本人の基本的なスタンスだと言えるでしょう。
そんな人たちを資産運用の舞台に引っ張り出すためにはどうすればいいか?
答えは簡単です。その人たちの「損」の基準を下げてあげれば良いのです。つまり、絶対とまでいかなくても「よほどのことがない限り損しないな」と思わせてあげれば良いわけです。
メリットのところでご説明したように、iDeCo(イデコ)の掛け金には大きな所得控除がつきます。年間24万円の掛金であれば約8万円が節税できるようなイメージです。
ということは、24万円の掛金で購入した金融商品は実際には16万円しか払っていないことになり、もし大きく値が下がっとしても16万円までであれば実質上の損はないという計算が成り立ちます。
証券の価値が2/3まで落ちるという事態は「絶対にない」とは言えませんが、特殊な商品を選ばない限り「よほどのことがないと起きない」とは言えるでしょう。
どうでしょうか? それならば資産運用を試してみてもいいと思いませんか?(笑)
こう書くと、もしかしたら現金至上主義の人が喜ぶかもしれません。iDeCo(イデコ)の金融商品として預金を選べば、16万円で24万円の貯金ができると考えることも可能だからです。
この点が一部で「iDeCo(イデコ)は絶対に損をしない運用」という伝えられ方をしているようですが、FPとしてはiDeCo(イデコ)の掛金を預金で運用するのは賛成できません。
くどいようですが、iDeCo(イデコ)の掛け金は60歳まで引き出せないというデメリットがあります。
元本保証というだけで預金を選んでしまうと長い間のインフレリスクに耐えられずに、結果的に節税分を考慮しても実質目減りする可能性が否定できません。
金融商品としての預金のメリットは、何と言ってもその「流動性」のはず。iDeCo(イデコ)のシステムの中で流動性を損なった預金は、ある意味なんの取り柄もない金融資産になってしまいます。
むしろiDeCo(イデコ)を使えば「長期間に渡って継続的な積み立てを行う」というドルコスト平均法が実践でき、自動的に時間的分散を図ることができます。
運用初心者こそ、この利点を大いに活用するべきではないでしょうか。
いかがだったでしょうか。iDeCo(イデコ)をFPの視点から解説してみました。
端的に言えば、iDeCo(イデコ)は老後資金形成を目的とし、投資に消極的な国民に「節税した分は損になりませんから、資産運用をやってみましょうよ」と国が仕掛けたシステムです。
ですから、我々としてはそうした国の思惑をうまく利用して、自分の資産形成のために積極的に取り組むべきです。
個人的にはiDeCo(イデコ)はもっと評価されていいし、普及していい仕組みだと考えています。ただ残念ながら現状では「よく分からない」というイメージが先行し、一般に浸透するにはまだまだ時間がかかりそうです。
その原因はいくつか考えられますが、大きな要素の一つに「iDeCo(イデコ)にビジネス的な側面が少ない」という点が挙げられます。平たく言えば「iDeCo(イデコ)を他人に勧めても儲かる人が少ない」ということです。
歴史が示すように、なにか新しいものが社会に広まる時は、必ずその「新しい何か」で大儲けする人がいます。しかし、公的な仕組みであるiDeCo(イデコ)では、どんなにがんばってもそうした大儲けできるような構造を作ることができません。
それでは、保険販売員はiDeCo(イデコ)の話をせず共通点のある変額保険しか勧めませんし、証券会社もより効率的に手数料を稼げる金融商品販売に注力するのは、ある意味当然のことなのでしょう。
そうした販売者の理屈で自分の資産形成があらぬ方向に持っていかれないように、自分で調べ自分で考えることがあなたの資産運用、そしてあなたのライフプランにとって重要なのです。