立ち退き交渉が難しいワケとは?

入居者との立ち退き交渉は、数ある大家業務の中でも最も難しいものの一つです。

 

しかしながら、老朽化したアパートの建て替え、または相続した古い収益物件を再生したいケースなど、大家をやっていれば立ち退き交渉をしなくてはならないタイミングが来ることもあるでしょう。

 

また、建物自体に問題がなくても、家賃滞納や騒音等の近隣住民とのトラブルで入居者に退去の交渉をせざるを得ないということも想定されます。

 

実際に立ち退き交渉を行う時、大家として入居者とどう向き合えば良いのか?

 

今回のコラムでは、自ら賃貸経営を行う「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、立ち退き交渉が難しい理由と注意点を解説します。


大家の前に「借家法」が立ちふさがる!

そもそも、なぜ入居者の立ち退き交渉は難しいのでしょうか。

 

その最大の理由は「借家法」にあります。より正確に言うのであれば、「入居者は借家法により守られているから」です。
※賃貸借契約を定める民法は厳密には「借地借家法」の一部ですが、ここでは便宜的に「借家法」と呼称します。

 

本来、どんなものであれ、契約とは両者が対等の立場で向き合うものです。あくまでもお互い合意の上で契約は結ばれるべきであり、その意味で双方に上下関係は存在しません。

 

ところが、借家法に基づき入居者と大家が結ぶ賃貸借契約は、圧倒的に入居者が有利な内容となっています。

 

これは借家法が「入居者=経済的弱者」という概念を前提として考えられている法律であるためで、1992年に改正が行われた後もその基本方針は変わっていません。

 

借家法において入居者と大家が対等でないことを示す最大のポイントが、「契約の解除」についてです。

 

入居者側からの契約の解除、即ち部屋からの退去に関しては、原則としていつでもその権利を行使することができます。実務的には賃貸借契約書において「1ヶ月前の退去予告」が義務付けられている場合が多いでしょう。

 

借家法が貸主に不利な法律であるならば、大家からは何ヶ月前の予告で契約が解除できるのでしょうか。

 

3ヶ月? それとも半年でしょうか? いえいえ、借家法がもたらす不公平感はそんなものではありません。

 

賃貸借契約は“正当な理由”がないと大家側から解除すること自体ができないのです。


“正当な理由”のハードルは高い…

この“正当な理由”というのは民法で具体的に明示されているわけではありませんが、大家側にとってはかなりハードルが高く、実質的には二つの理由しか認められていないと言っても過言ではありません。

 

一つは「建物の老朽化」です。

 

ただし、老朽化と言っても「アパートが古くなって収益性が落ちているから立て替えよう」というような理由では該当しない可能性が高いでしょう。

 

例えば、柱が傷んで倒壊の恐れがあるといったような、入居者の安全に関わるようなケースでないとなかなか“正当な理由”とは認められません。収益性が落ちていたとしても、既に入居している人が十分住めると思っているのであれば、強制的に退去させることはできないのです。

 

もう一つ、“正当な理由”となり得るのが「貸主と借主の信頼関係が崩れた時」とされています。

 

こちらも具体的な例は明文化されておらず、騒音等のトラブルも考えられますが、一番多いのが「家賃の滞納」でしょう。

 

ただし、少しばかりの遅れや滞納では「信頼関係が崩れた」とは認められにくいのが現状です。法的に決まりがあるわけではありませんが、過去の判例等から家賃滞納が3ヶ月程度続いた時点で「信頼関係が崩れた」とされるのが一般的です。

 

賃貸借契約書に定めてある以上、3ヶ月の猶予を家賃滞納者に与えること自体が大家にとって納得のいかない話ですが、百歩譲ってその点を認めたとしても、契約解除後に滞納分の家賃を回収できないのであればあまりに不公平です。

 

しかしながら現実問題としては、そもそも滞納している人にまとまった3ヶ月分の家賃を払えるはずもなく、大家が泣きを見るケースが多く見られます。夜逃げ同然に退去するにせよ、建物明渡請求を経て法的に強制退去させるにせよ、本来入居者が負担するべき居室の清掃代等も回収できずひどい時には残留物の処分費用まで大家が負担しなければなりません。

 

なお、「契約解除が難しいのならば契約終了まで待てばいい」と考える人もいるかもしれませんが、それは「借家法」の不平等さを甘く見過ぎでしょう。借家法においては「賃貸借契約は両者の合意を得られなかった場合は現条件で自動更新される」と定められているからです。

 

大家にとっては時間切れは引き分けではなく、完全な敗北でしかないのです


その立ち退き交渉は“違法”かも?

さて、そんな借家法のおかげで完全に不利なルールで大家は立ち退き交渉に臨むわけですが、ここにも気をつけなければならないポイントがあります。
入居者との立ち退き交渉は、そのやり方によっては法に抵触する可能性があるからです。

 

皆さんは「非弁行為」という言葉をご存知でしょうか?

 

これは「弁護士法に定められている弁護士のみに認められている行為を弁護士以外の者が行うこと」を指します。

 

もう少し噛み砕いで説明をしましょう。

 

弁護士に限らず、多くの士業にはその資格保有者でなければ行ってはいけない行為というのがそれぞれの業法で定められています。税理士には税理士にしか、宅地建物取引士には宅地建物取引士しかできないことがあるといった具合です。

 

弁護士にもそうした「弁護士のみに許された行為」があり、立ち退き交渉はその中の一つである「法律事務」に該当します。ですから、本来であれば立ち退き交渉は弁護士資格を有する者でなければ行えないのです。

 

しかしながら、実務レベルで立ち退き交渉を弁護士に依頼したという例はかなり少ないでしょう。ほとんどが管理会社等を通じて不動産業者の担当者の手によって行われているはずです。

 

報酬の有無や継続的に行われているかなども判断基準となりますので、管理会社によって行われる全ての立ち退き交渉が「非弁行為」とは限りません。ただ、非弁行為そのものを理解していない管理会社も少なくありませんので、立ち退き交渉を依頼する大家としても「気がついていたら違法行為を行なっていた」ということにならないように注意が必要です。


自分にとって不利なルールであることを認識しよう

極論すると、非弁行為を避けるためには立ち退き交渉は「大家自身で行うか」「弁護士に依頼するか」の二択しかありません

 

日頃から入居者と密接な関係を築いている大家さんはそんなに多くはないでしょうから、そうした相手に「借家法」という圧倒的に不利なルールの中で、慣れない法律事務を行わなければならない。そう考えれば、立ち退き交渉がいかに困難なものかを想像することは難しくないはずです。

 

とは言え、長く大家業を営んでいれば立ち退き交渉が必要になることもあるでしょう。

 

そんな時でも、予めその難易度の高さをしっかりと認識し、適切な対応が取れるように日頃から大家としてのスキルを磨いておくことで、少なくとも無用なトラブルや事態が不必要に悪化することを避けることはできます。

 

日頃から賃貸経営を「不労所得」と考えるか、それともれっきとした「事業」と捉えているかで、こうした部分にも大家としての差が生まれてくるのです。


(2023/05/17 文責:佐野純一)

よく読まれている人気ページ