FIREを目指す人へ FPからの提言

「FIRE」という言葉をご存知でしょうか。

 

読み方は「ファイア」ですが「火」という意味ではなく、「Financial Independence, Retire Early」の頭文字を略したもので、日本語に直せば「経済的自立と早期退職」という意味になります。現在の日本では「アーリーリタイア」と同じ意味で使われることが多いでしょう。

 

最近、「不動産投資でFIREを実現したい」という相談が多く寄せられます。

 

そういった内容の本もたくさん出版されていますし、物件を売りたいだけの不動産業者がFIREを都合の良い宣言文句として使うので、気になる方が多いのかもしれません。

 

そこで今回のコラムでは、「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、実際に賃貸経営を行なっている現役大家の立場から、不動産投資でFIREが実現できる可能性と、FPとして「FIREを目指す人に伝えたいこと」を解説したいと思います。


FIREは「資産形成期」と「資産運用期」の2部構成

まずはFIREについて簡単におさらいしておきましょう。

 

FIREは元々アメリカで発生したムーブメントで、1980年代から90年後半までに生まれた、いわゆるミレニアム世代がその中心と言われています。簡単に言えば、「人生の早い段階で大きな資産を形成して、その後はその資産を運用して暮らしていこう」という考え方です。

 

具体的には、自分の年間支出額の25倍の資産を形成して、後は年間4%でその資産を運用していけば年間支出を運用益で賄えるという理屈になっています。

 

例えば年間の支出が400万円であれば、まず前半が1億円を貯めるまでの「資産形成期」、後半が1億円から運用益を生み出していく「資産運用期」という2部構成と考えることができます。

 


実際にはどんな形であれ運用益は課税の対象ですから、少なくとも5%以上の利回りは必要になってくるはずです。

 

また、単身者であってもライフステージによって年間の支出額というのは変わってくるものですから、ましてやお子さんがいるご家庭ではこれほど単純な計算にはならないでしょう。

 

「資産運用期」がどのくらいの期間になるかにもよりますが、資産形成で目指す金額も年間支出額の25倍以上は必要になりますし、資産運用も少しずつ全体の規模を減らしていきながら生活費を捻出していくのが現実的なように思えます。


不動産投資でFIREが実現できるか?

さて、それでは不動産投資でFIREが実現できるのでしょうか。

 

これが「早期の資産形成の実現」という意味ではあれば、答えは「NO」です。その理由は単純で、「不動産投資の利回りでは資産形成に時間がかかるから」です。

 

現在、首都圏の収益物件の平均利回りはせいぜい5〜6%程度。例えば、自己資金がない状態で利回り6%のアパートを1億円で購入したとすれば、アパートローンの返済に30年ほどかかります。

 

ある程度の社会的信用がないとそもそも借入をすること自体が難しいですから、20才の人が1億円借りるというのは現実的ではありません。仮に30才で不動産投資を始められたとしもローンの返済が終わるのは60才。とても「早期退職」とは言えない年齢になってしまいます。

 

そもそも不動産投資の長所はその安定感にあります。その分、爆発的な利回りというのは期待できません

 

その点において不動産投資をFIREの考え方に当てはめるのであれば、前半の「資産形成期」ではなく、むしろ後半の「資産運用期」にこそ、その真価を発揮するでしょう。

 

“なんらかの方法”で早期の資産形成が実現できるならば、不動産投資はFIREの後半部分で大いに役立ってくれるはずです。


FIREを目指す人に見られる共通点

「その“なんらかの方法”が知りたいんだよ!」

 

当然、そう思われる方もいるでしょう。残念ながら、実際に大家業を営む者として不動産投資の世界ではその方法を提示することはできません。

 

それよりも、「ライフプラン」という形で多くの方の人生の予算書に関わらせていただいたFPとして、FIREを目指す人に是非ともお伝えしたいことがあります。

 

私のところにFIREのご相談にいらっしゃる方には、比較的若い方、それもお子さんが生まれたばかりの方が大半を占めるように思います。

 

私自身も経験がありますが、子供が生まれると自分の時間の使い方は変わってくるもの。それまでは自分のペースで仕事中心の生活を送ってきたのが、今度は家庭での時間も大切になり、できれば仕事に割く時間を短くしたいと考える人も多いでしょう。

 

そのせいか、「仕事の時間を減らしたい」→「アーリーリタイアしたい」→「FIREを実現したい」という流れの発想を持つようですが、現実はそれほどあまくありません。家族が増えてより多くの生活費を稼ぐために、むしろ以前より長い時間働かなくてはいけないケースもでてくるはずです。

 

そんな理想と現実の間で悩んだ挙句、不動産業者の甘い誘い文句に乗って大きな失敗をしてしまう人もいるのかもしれません

 

そうなる前に、「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナーとして、FIREに対する考え方を少し変えてみることを提言します。


「経済的自立と早期退職」の意味を考える

冒頭で触れたように、FIREとは「経済的自立と早期退職」のことを指します。

 

この「経済的自立」という言葉を改めて考えてみましょう。

 

多くの人は「遊んで暮らせるほどお金を貯めること」と認識しているかもしれませんが、私はそうは思いません。

 

FIREにおける「経済的自立」とは、「会社組織に頼らず収入を得ること」だと考えます。

 

また、「早期退職」とは「これから先まったく仕事をしない」という意味ではありません。

 

あくまでも今いる会社組織から離脱するだけで、別の形で収入を得ること。言い換えれば、「自分が意義を感じられる仕事に従事すること」ではないでしょうか。

 

こう考えれば、FIREの意味は大きく変わってきます。

 

FIREとは「貯めたお金を運用して暮らしていくこと」ではなく、「会社組織に頼らず、自分が意義を感じられる仕事に従事して生活していくこと」となってくるのです。


「長く働くこと」の重要性を認識してほしい

子供が生まれて家族との時間を大切にしたいという気持ちは、私にも経験があります。

 

ただ、子供が親と一緒にいる時間を必要とするのは実はそれほど長くはありません。せいぜい十数年程度でしょう。例えば、30才で子供が生まれたのであれば、40代半ばには子供とべったり一緒にいるということもなくなってくるはずです。

 

子供から手が離れた残りの時間をどう過ごすのか。それによってもFIREの捉え方は変わってきます。

 

資産形成期によほどのお金を貯めていなければ、残りの人生を遊んで暮らすというのは難しいでしょう。かと言って、ただただボーっと過ごすのでは虚しいだけです。

 

そんな時には、自分が意義を感じられる、情熱を傾けられる仕事の存在が重要になってきます。

 

たとえ会社勤めの時代より収入が少なかったとしても、長く働くことで家計が大きく改善することは私がこれまで作ってきた数多のライフプランが証明しています

 

ただ、長く働くためには自分が労力と時間を費やしてもいいと思える仕事と出会うことが大切です。生活のためと仕方なく興味のない仕事をずっと続けていけば、いつかまた「投資で儲けて遊んで暮らす」などという甘い営業トークに引き寄せられてしまうでしょう。

 

その意味で、FIREに心惹かれる人が本当に憂うべきは、意義を感じられない仕事を嫌々続けているという現状そのものではないでしょうか。


仕事との向き合い方を突き詰めて考えてみよう

もしあなたが「経済的自立と早期退職」を本気で目指すのであれば、まずは自分が情熱と時間を傾けられる仕事を探し、その仕事で経済的な独立を目指していくべきでしょう。

 

それが仕事量を減らすことにつながるのか、あるいは悠々自適なアーリーリタイアをもたらしてくれるのかは、残念ながら結果論でしかありません。

 

ただ、自分が意義を感じられる仕事であれば、もしそれが達成できなかったとしても、現在の仕事を嫌々続けるよりはよっぽど心的負担は少ないはずです。

 

いずれにせよ、FIREを「投資で儲けて遊んで暮らす」と考えている怠け者の発想であれば、それは「宝くじ当たらないかなぁ」と同じレベルの妄想に過ぎません。

 

それよりも「経済的自立と早期退職」を「やりがいのある仕事で経済的な独立を目指す」と捉えて、その目標に向かって邁進していく方がよっぽどFIREが現実的なものになると考えられます。

 

それであるならば、FIREにもそれぞれ「その人なり形」というものが存在するのでしょう。

 

その意味で「FIREを検討する」ということは、「自分の仕事との向き合い方を突き詰める」と言い換えてもいいのかもしれません。

 

業者の甘い宣伝文句に惑わされことなく、自分にとって正しい仕事との向き合い方を考えていただければと思います。


(2022/9/21 文責:佐野純一)

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