アパートを相続したっていいことばかりじゃない!

「親からアパートを相続した」

 

そう聞いたら、あなたはどのような感想を持つでしょうか。中には「いいなぁ」とか「羨ましいなぁ」と思う人もいるかもしれません。

 

ところが、これは大きな間違いです。実は、アパートやマンションなどの収益物件を相続してもそれをどうすれば良いかわからず、対処に苦慮している人は決して少なくないのです。

 

「不労所得」というイメージの強い賃貸経営ですが、アパートやマンションが「不労所得」となるためには、“大きな資産”を持っている人が、“大家としてのノウハウ”を活かしながら、“適切に物件を管理する”ことが絶対条件となります。

 

逆に言えば、これまでアパート経営にまったく関与しておらず大家業の右も左もわからない人が、メンテンスが十分に施されていない老朽化した収益物件をいきなり相続しても、何をどうすればよいかわからず途方に暮れてしまうケースは少なからずあるわけで、実際に「現役大家FP(ファイナンシャルプランナー)」である私のところには、そういったご相談も数多く寄せられています。

 

そこで今回のコラムは、実際に賃貸経営を行なっている大家の視点から、そして“お金の相談”を生業としているFPの立場からアパートやマンションなどの収益物件を相続した場合の対処法を大きく三つに分けて考えたいと思います。

 

それぞれにメリット・デメリットがありますので、「自分にとってどれが一番良い方法か」をしっかり検討することが大切です。


@現状維持


まず最初の選択肢は「現状維持」です。

 

せっかく相続したアパートですから今後の生活に大いに役立って欲しいところですが、この「現状維持」はそのアパートが「収益物件として家賃を稼ぐ能力を維持していること」が大前提の条件となります。

 

物件が良いコンディションを保てているのであれば、今後も適切なメンテナンスを施しながら、収益物件としての経済的な寿命を延ばしていくのが良いでしょう。

 

「現状維持」のメリットは、相続した時点で既に借入金(アパートローン)がなかったり、あるいは借入金が残っていても家賃収入が返済額を大きく上回るのであれば、これまでの収入に加えて「第2の収入源」になりうるという点です。

 

また、いずれ建物が古くなって収益物件としての経済的価値を失ったとしても土地自体は資産として残る可能性が高いため、将来的な売却も視野に入れることができます

 

逆にデメリットとしては、大家の仕事を行うことで様々な負担が増えることが考えられます。

 

家賃の支払いを含めて全ての入居者がなんの問題もなく過ごしてくれれば良いですが、なかなかそうもいかないのが現実です。細かい対応が必要となるのは日常茶飯事ですし、時には家賃滞納などの大きなトラブルが発生することもあります。

 

大家業の経験がない人にとって、こうした問題への対応が、時間や労力、精神面での負担となることは想像に難くありません。

 

さらに、アパートの築古であれば各種の修繕作業が絶え間なく発生しますので、たとえローン返済がないとしても修繕費が収益を圧迫する点も頭に入れておくべきでしょう。もちろん税負担もありますので、単純に「家賃収入=手元に残るお金」とはならない点には注意が必要です。

 

強いて言えば、「親御さんが手元の現金で建てた築浅アパートを相続した」などという例が現状維持の理想形ですが、現実にはそういったケースはなかなか見当たりません。

A建て直し・再建築


相続したアパートが「古くて収益性が落ちている」「修繕費が大きすぎて採算が取れない」ということであれば、「建て直し・再建築」を検討する必要があります。

 

この場合の絶対条件は、「建て直した後も賃貸事業として成立すること」となるでしょう。

 

安易に「これまでアパートが建っていた場所だから、建て直せばまた入居者が集まる」と考えるのは危険です。20〜30年前と現在では、賃貸物件をとりまく環境が大きく変わっているからです。

 

アパートを建てれば自然と入居者が集まったのは大昔の話。日本全体の人口減少に加え、コロナ禍以降には都市部からの人口流出も指摘されていますから、今やアパートやマンションの賃貸物件は「入居者に選んでもらう時代」になっています。

 

そのためには建物の構造や部屋の設備もしっかりさせておきたいところですが、その一方でここ数年来建設費は上昇の一途を辿っています。

 

結果として、よほど立地等の条件が良くなければ、再建築しても土地活用・資産運用としての旨味が出にくくなっているのが現状です。少なくとも、建てさせたいだけの建設会社の営業トークをそのまま鵜呑みにできるような状況ではありません。

 

それでも「再建築」のメリットとしては設備等のトラブルが少なく、メンテナンスに手がかからない点が考えられます。

 

もちろん新築となれば収益性の向上も期待できますし、高いレベルで家賃設定を維持できるのであれば将来的にも高値の売却価格が見込めますので、「収益物件として十分に稼いだ後に売却して現金を手元に残す」という理想的なプランを描けるかもしれません。

 

ただし、繰り返しになりますが、「建て直した後も賃貸事業として成立するならば…」というのが絶対条件となります。

 

この条件を満たさないと、特にアパートローンを組んで再建築を行った場合では「多額の借金をした割には手取りが少ないなぁ」ということにもなりかねません。それどころか、売却価格がローンの残高に届かず、売るに売れない不良債権になる危険すらあります。これが「再建築」のデメリットでしょう。

 

相続したアパートを再建築するのであれば、「長期的な賃貸経営の展望が描けるプラン」であることが必要となってきます。

B売却


相続した時点で収益物件として成り立っておらず、再建築しても今後の事業計画の見通しが立たないのであれば、最後の手段として残るのは「売却」です。

 

大家業を引き継ぐということは、これから先もずっと賃貸経営と向き合っていくということ。既に触れたように大家業が楽な商売であった時代はとうに終わりを告げていますから、これから賃貸経営を始めるのであれば、次から次と近隣に現れる新築物件との競合に打ち勝ち、入居率を維持する不断の努力を続けないといけないわけです。

 

専業大家ではなく会社勤め等のお仕事をしている人の中には、現実的にそうした「大家としての時間的・労力的なコスト」を捻出できないケースもあるでしょう。

 

そのような場合では、相続したからと言って無理矢理持ち続けるのではなく、売却の方向に舵を切ったほうが良い結果を得られることもあります。

 

「売却」のメリットは、なんと言っても現金が手元に残ること。特に借入金が残っていないのであれば、税金を差し引いたとしてもまとまった資金が期待できます。

 

また、売却してしまえば、空室を気に病むことや入居者のトラブルに悩まされることもありません。さまざまな意味で、賃貸経営から手離れした状態となり、精神的な負担もなくなるはずです。

 

ただその一方で、ただ現金化しただけでは「お金を生み出す仕組み」としての機能を失ってしまうというデメリットもあります。

 

物件の老朽化が進み、地域の賃貸需要も落ちてきているような状況では売却は有力な選択肢ですが、売却するのであればそこで得た資金をなんらかの形で運用していくことをオススメします。漫然と売ったお金を手元に残しておくだけでは、いつのまにかすっかり資産が目減りしていた…などという事態に陥ることもあるからです。

 

なお、売買と仕事とする不動産業者からは相続したアパートを売ったお金で別の収益物件を購入する、いわゆる「買い替え」を提案される場合も多いと思いますが、不動産の売買には手数料等の経費がかかるため(それが彼らの収入源となるわけですが)、元々所有していたものと同じような物件を手に入れるのは難しく、ひと回りスケールダウンしたものになる可能性が高い点には注意が必要です。

物件のコンディションより大事なこと

こうして改めて考えてみると、相続した物件の対処法には「その物件のコンディション(特に立地条件と築年数)」が大きな影響を与えるのは間違いありません。

 

しかしながら、自分でも長く大家業を営んできた「現役大家FP」としては、今後の対策を考える時に物件のコンディションと同じくらい、いえ、それ以上に大事にして欲しいことがあります。

 

それは、「相続したあなたがその物件をどうしたいのか」ということ。

 

言い換えればこれは「相続した物件であなたが何を実現したいか」ということでもあります。その目的によって「あなたにとっての最良の選択肢」は大きく変わってくるはずです。

 

例えば、60才の人が築25年の木造アパートを相続したとしましょう。

 

築年数だけを考えれば、このまま「現状維持」も近い将来での「再建築」も選択肢になりうるわけですが、もし相続した人が「退職したばかりだけど老後資金が心もとないなぁ」と思っているのであれば、「現状維持」の方がその人にとっての正解になる可能性が高くなります。

 

手元資金がない状態でこれからアパートを再建築したとしても、ローン返済の負担が重く、そこから老後資金の足しになるようなキャッシュフローが得られるかどうか不透明だからです。

 

このようなケースでは、なるべくランニングコストをかけずに「どれだけこの木造アパートに稼いでもらうか」を考えるべきです。

 

反対に、相続人が「老後資金には困ってないから、良い形で収益物件を子供に遺したい」と考えていたらどうでしょう。

 

この場合は子供に老朽化してボロボロになったアパートを遺すより、早い段階で耐久性が高く子供の代でも十分に収益性を維持できる物件に「再建築」したほうが良いかもしれません。

 

事業として成り立つのであれば、より長持ちするRC造(鉄筋コンクリート造)で再建築することも検討に値しますし、他の資産状況によっては、子供が負担する相続税の圧縮にもつなげられる可能性が出てきます。

 

このように「相続した物件にどのように役立って欲しいか」によって、それぞれのケースで答えは変わってくるものです。


大切なのは物件ではなく、その人の人生!

確かに、アパートやマンションを相続した時、その物件の状態はその後の方向性を決定する重要なファクターです。

 

しかし、本当に大切なのは「相続された物」ではなく「相続した人」であるはず

 

その意味で「相続した人がその収益物件を使って何をしたいのか」、その目的を明確にすることが正解を導くための第一歩であると言えるでしょう。

 

時には相続した人だけでなく、配偶者や子供の意見を聞き、意志を確認することも重要です。もし子供に収益物件を継ぐ気持ちがないのであれば、アパートローンを組んで「再建築」するよりも「売却」して他の形で受け継いでいく形が正解かもしれません。

 

どんな資産運用にも言えることですが、目的が定まっていないまま始めても良い結果に終わることはありません

 

特に賃貸経営は数ある投資方法の中でも動くお金の単位が大きいものですから、より慎重に、より総合的な判断で方向性を決めていただきたいと思います。


(2022/05/18 文責:佐野純一)

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