「不動産投資の本って、なんでこんなにいっぱい出ているんだろう?」
不動産投資や賃貸経営に興味がある人であれば、一度は感じたことのある疑問ではないでしょうか。
本屋に行けば「あなたも大家になれる!」といった指南書がずらりと並び、ネットをのぞけば検索しきれないほど「不動産投資で人生バラ色!」という内容の本が出てきます。
実は、私が賃貸経営を志した20年程前、状況は現在とまったく異なっていました。ネットの世界が今ほど整備されていなかったこともそうですが、本屋に行ってもその類の本はそれほど種類がなく、その気になれば片っ端から読破することも可能だったのです。
今となっては、世の中に出回っている「不動産投資本」の全てを読み切るのは至難の技でしょう。それこそ数えきれないほど多くの賃貸経営に関する本が出版されています。
不動産投資に関する本に関して、この20年の間にどのような変化があったのでしょうか。
アパートローンの低金利化を引き金とした「不動産投資ブーム」があったから? もちろんそれも原因の一つでしょう。
しかしながら、このように世の中に不動産投資本が溢れるようになった“本当の理由”はもっと別のところにあります。それは、不動産業界が変わったわけではなく、本を出版する「出版業界の劇的な構造の変化」なのです。
今回のコラムでは、自ら賃貸経営を行う「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、出版され続ける不動産投資本の正体に迫ります。
そもそも皆さんは不思議に思ったことはないでしょうか。
「本が売れない」と言われるようになって久しい現在、なぜ以前と同じように、いえ、以前にも増して数多くの新刊が世に生み出されているのでしょうか。
実は本が売れているから?
いいえ、決してそのようなことはありません。その理由は「出版業界の常識が以前と大きく変わっているから」です。
その変化の出発点は、今から15年ほど前に、ある出版社が行なった「発想の転換」にありました。
インターネットの普及により紙媒体メディアの衰退が決定的になった出版業界。このままでは収益が下がり、業界自体がジリ貧になるのは目に見えています。新しい収入源の確保を義務付けられたその出版社は、これまでの常識を180度転換させることにしました。
それが「企業出版」という考え方です。
この方法の特徴は、出版社にとっての収入源をこれまでの「読者」から、本を書く「著者」にそのターゲットを切り替えたことです。
やはり「本が売れない」世の中では、これ以上読者からの収入を期待することができません。そこで発想を変えて、今度は本の著者からお金を取ることにしました。言ってみれば「出版」そのものを商品にしたのです。
つまり、「あなたにも本が出版できます」をセールストークに、ライターによる本文の代筆から校正や印刷、さらには全国の書店への販売ルートの確保まで、本を出すための全ての行程をパッケージ化して、それを「商品」として売ることにしたわけです。
この方法の凄いところは、出版社のリスクを極限まで抑えられる点にあります。
ライターのギャラから販売経路まで全ての費用を著者側に負担させるわけですから、出版社としてはたとえ本がまったく売れなかったとしても問題ありません。著者側から出版の仕事を受けた時点で自分たちの儲けは確定しているからです。
このやり方であれば、たとえ「本が売れない時代」であっても出版社は継続した収入源を確保することができます。
一方で、全ての費用を負担することになる著者側はのんびりとはしてられません。
こうした「企業出版」のためにかかる費用は少なくとも数百万から、派手な広告やキャンペーンを行えば1,000万円を優に超える金額になります。
そうなれば本を出す側も趣味や酔狂でやるわけにはいきません。当然次のような思惑が生まれてきます。
「本の出版費の元をとってやろう」
そんな状況下で出版された本の内容がどのようなものになるかは、想像に難くありません。自ずと自社の宣伝の色合いが濃くなっていく、言い方を変えれば、自分の会社の売り上げ増加に直結するものになっていくはずです。
改めて考えてみましょう。世の中に溢れる不動産投資本は誰の手によって出版されたものでしょうか。
もしあなたのお手元にそうした類の本があるのなら、ぜひ著者のプロフィール欄を見てみてください。そのほとんどが物件を売買して稼ぐ「不動産業者」です。
収益物件を扱う不動産業者によって書かれた宣伝本であれば、内容は読まなくてもわかります。「不動産投資がいかに素晴らしいものか」が様々な文言で書きたてられているでしょう。
そこには「不動産投資のデメリット」は書かれていないでしょうし、「収益物件を買わない」という選択肢もありません。わざわざ大金をかけて、自社の利益にならないようなことを書く不動産業などいるはずもないのです。
彼らにとって本の出版はあくまでも宣伝方法の一つにしか過ぎませんから、自分で書くこともほとんどないでしょう。自社のチラシを経営者自らデザインしないのと同じことです。
今年、大きな社会問題となったシェアハウス「かぼちゃの馬車」に関する記者会見で、運営会社スマートデイズの社長が記者からの自分の著書について質問された時に「ライターが書いたことだから分からない」と答えたのは、その象徴的な出来事です。
実は、「現役大家FP」として不動産投資のコンサルティングを仕事としている私のところにも、このような企業出版の打診がいくつもありました。
その度にお断りしていたのですが、それには大きく三つの理由があります。
一つめは、億単位の収益物件を仲介する不動産業者ならいざ知らず、個人のお客様からコンサル費を受け取って仕事をしている私には、出版にかかる費用を「宣伝費」として割り切ったとしても、費用対効果が悪すぎると判断したこと。
二つめは、宣伝本として書いたのではその内容がコンサルタントという仕事から大きく逸脱してしまう可能性があったこと。様々な方法のメリットとデメリットを考えた上で、そのお客様に一番良いご提案するのがコンサルティングの基本です。始めから「答えありき」の宣伝本では、そうしたアプローチが成立しません。
そして最後に、なによりも自分が書いたものですらない自社の宣伝本を、読者にお金をだして購入してもらうことに大きな心理的抵抗があったこと。「企業出版」によって世に出された本は、いわば手の込んだチラシにすぎません。自分のチラシをお金を出して買ってもらう行為が、私にはどうしても納得できなかったのです。
そんな私が、この度機会に恵まれ、「現役大家が教えるシアワセな人生を送る不動産投資の始め方」(ギャラクシー出版)という本を出版しました。
もちろん180度心変わりをして、自分のチラシを皆さんに買ってもらおうとしているわけではありません。アマゾン独自のPOD(プリントオンデマンド…注文する度に製本するシステム)を採用することにより、出版に関するコストの問題が解決され、宣伝本を書かなくても皆さんに自分の伝えたいことを本にしてお届けすることができるようになったからです。
正直に言いましょう。確かに下心はあります(笑)。コンサルティングを生業としている身として、この本を手にとってくれた方が私のところに相談にきてくれるのであれば、もちろんそれは嬉しいことです。
しかし、だからと言って自分の宣伝本を出版したつもりは毛頭ありません。
コンサルタントという仕事をしている以上、宣伝本はむしろ逆効果です。都合の良いことばかり書かれた宣伝本を読んだとして、誰が私のところに相談に来るでしょうか。自分のお金で買った本の内容に満足していただけないのであれば、そこから私へのご相談の申し込みにつながることはないと断言できます。
本を読んでくれた人が相談に来てくれたとしたらもちろん光栄なことですが、それはあくまでも本の副次的な産物です。
まずは、読者がその本に費やす金銭と時間と労力に見合った価値があること。それを目的にこの本を執筆しましたし、その目的は達成できたのではないかと自負しています。
アマゾンなどの検索結果にズラリと並ぶ不動産投資本を見て、なにか他のジャンルの本とイメージが重ならないでしょうか。
そう、同じように次から次へと登場する「ダイエット本」の状況とそっくりです。
両者の指南本が次から次へと出続けるのは、言ってしまえば「明確な答えがないから」に他なりません。どちらの場合も再現性が極めて低く、「誰がやっても成功する方法」が見つからないため、手を変え品を変え新しい本がどんどんと出版されているのです。
ましてや、「企業出版」という形で“不動産業者の宣伝”の宿命を背負わされた本の中に、読者にとっての答えなど存在するはずがありません。それぞれが自社が扱う商品のメリットを声高に叫んでいるだけ。そこに存在するはずのデメリットは闇から闇へと葬り去られています。
繰り返しになりますが、不動産業者が出すノウハウ本はただのチラシにすぎません。単なるチラシに貴重なお金と時間をかけるというのはあまりに無駄な行為です。
さらに、そのチラシを読んだ人が不動産業者が主張する“売り手側の理屈”に振り回されて、不動産投資のスタートからつまづくようでは目も当てられません。
そうした事態が少しでも減るように、私が大家としての経験を通じて得たものを“誇張せずに”この本には記しています。
その意味では、この本は「等身大の不動産投資本」とも言えるものかもしれません。これから不動産投資を始めようとする人も、今行なっている賃貸経営に行き詰まりを感じている人も、「不動産投資の入門書」として手にとっていただければ幸いです。