2018年1月、不動産賃貸業界に大きなニュースが飛び込んできました。
「かぼちゃの馬車」のブランド名でシェアハウスを展開していた不動産業者スマートデイズが経営に行き詰まり、オーナーとのサブリース契約を全うできなくなったことが明らかになったのです。
タレントを起用したテレビコマーシャルを流すなど、数あるシェアハウスの中でも知名度が高かった「かぼちゃの馬車」ですが、多額のアパートローンを組ませてオーナーに物件を購入させることも多かったため、サブリース契約を反故にされた人たちが途方にくれる様子は各メディアでも大々的に取り上げられました。
不動産投資家の夢を乗せて走り続けるはずだった「かぼちゃの馬車」。なぜその魔法はこうも簡単に解けてしまったのでしょう。
今回のコラムでは、自ら賃貸経営を行う「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、“現役大家”の視点からこの問題を考察します。
今回のスマートデイズの一報を聞いた時、私の率直な感想はこうでした。
「いくらなんでも早すぎないか…」
“現役大家”の目から見れば、かぼちゃの馬車の商法は「物件を高く売って、その売却益を稼ぐこと」の一点に特化されています。「長期間に渡る賃営経営」という面では当初から危うい印象は拭えず、いずれその魔法が解けるのは目に見えていました。
それにしても…です。
積極的な広告を打ってからわずかに2年程度。この間にリーマンショックのような世界的な経済危機が起こった訳でもありません。これほど短期間で、しかも外的な要因を受けずに経営が破綻したのであれば、それはやはり「元々のビジネスモデルが成立していなかった」としか言いようがないでしょう。
シェアハウスという形態の是非やスマートデイズという会社の問題点については、多くの方がそれぞれの意見を述べられていますのでそちらにお任せすることにします。
“現役大家FP”としては、今回の騒動をただ興味本位で語ったり、安易に結果だけを見て批判するのではなく、今後の教訓にしたいと考えています。ですから、不動産投資に興味がある方にぜひこの件から学んでいただきたい点を一つ提示したいと思います。
それは「高利回りの考え方」です。
なぜなら、かぼちゃの馬車が短い間にここまで拡大したのは(言い方を変えれば今回ここまで被害が広がってしまったのは)、運営会社が「高利回り」を売りにした戦略をとったことが最大の要因だからです。
そもそも、なぜここ数年でシェアハウスが注目を浴びるようになったのでしょうか。シェアハウスが登場してきた頃の不動産市場を振り返ってみれば、その原因は明らかです。
今回の主役となったスマートデイズの設立は2013年。当時の不動産市場は大きなうねりの真っ只中にいました。
数年前から続く中国資本の流入に加え、2020年の東京オリンピック開催が決まったこともあり、それまで長きに渡って低迷を続けていた東京の不動産価値が急激な高騰の気配を見せ始めたのです。
不動産価格の上昇は、不動産の売却を考えている人にとっては朗報ですが、逆にこれから新規参入しようとしている不動産投資家にとってあまり喜ばしいことではありません。物件の上昇率に家賃の上昇率が追いつかず、結果として全体的な利回りの低下を招いてしまうからです。
スマートデイズが「かぼちゃの馬車」というブランドでシェアハウス事業を展開し始めたのは2015年ごろ。物件の価格も高止まりしている状況で、不動投資の世界には停滞感が漂っていました。
そこで同社はシェアハウスで「高い利回り」を演出し、新たな顧客層を獲得しようとしたのです。
シェアハウスであれば、従来の賃貸住宅より一人あたりの専有面積を狭くすることで部屋数を多く確保できます。また水回り等の設備を共有化して数を減らし、その分工費も安くすることが可能になります(実際に販売されたシェアハウスの建設費が安く設定されていたかどうかは別問題です-苦笑)。
その結果、賃料の坪単価が上昇し、物件価格に対して高い利回りを確保できる計算になります。シェアハウスを購入したオーナーの中には、一般的なアパートと比較した時の「高利回り」が購入の決め手となった人も少なくないはずです。
そのままいけば、シェアハウスは「新しい賃貸経営の形」になるはずでした。
しかしながら、資産運用の世界には「ハイリスク・ハイリターン」という鉄の掟があります。
運用にあまり興味がない人でも耳にしたことがあるであろう有名なフレーズですが、言い方を換えればこれは「高い利回りの裏には“ワケ”がある」ということでもあるのです。
少し不動産投資から離れて考えてみましょう。
あなたは「ハイイールド債」という言葉をご存知でしょうか?
「ハイイールド債」とは債券の一種で、その中でも比較的利回りの良いものの総称です。
投資信託でも「ハイイールド債」にターゲットを絞った商品もあり、主に大きなリスク(=ブレ幅)をとりたくない投資家向けに販売されています。株式よりも安定している債券で、しかも高利回りを確保できるのであれば、なるほど、そうした安全性重視の顧客に対してはもってこいの商品のように思えます。
でも、ちょっと待ってください。そんなに都合の良い話が本当にあるでしょうか。
もちろん運用商品ですから、利回りが高いに越したことはありません。ただ、その高い利回りには当然それ相応の理由があるのです。
「ハイイールド債」と呼ばれる債券を発行している会社は、一般的に会社そのものの安定性が高くありません。平たく言えば、債券の償却期間までに倒産してしまう可能性だってなくはないのです。この“会社そのものがなくなってしまう可能性”のことを、債券の「信用リスク」と呼びます。
誰だって倒産してしまうかもしれない会社の債券を自ら進んで買おうとは思いません。ですから、発行する会社側はなんとか買ってもらう努力をします。その結果、他の債券に比べ利回りを高く設定するという即効性のある手段にでるわけです。
そうです。ハイイールド債とは単純に「利回りの高い債券」ではなく、「利回りを高くしないと買ってもらえない債券」という見方もできるわけです。
こうした商品の背景も知らずに、ただ「債券は安全性が高い」というイメージだけで安定志向の投資家が信用リスクの高い商品に手を出している現状は、まさに皮肉としか言いようがありません。
もうお分かりですね。
シェアハウスは言ってみれば、「ハイイールド債の不動産投資版」です。
全ての運用について言えることですが、高い利回りの裏には必ず高いリスク(=ブレ幅)が潜んでいるのです。それが「ハイリスク・ハイリターン」の意味です。
シェアハウスのリスク(=ブレ幅)とは、本来であれば主に管理面にあるのかもしれません。一般的な賃貸物件に比べると、住人同士のトラブルが多かったり建物や設備の劣化が激しいことが予想されるからです。
それだけでも高い利回りと高いリスク(=ブレ幅)が表裏一体であることが分かりますが、「かぼちゃの馬車」を展開していたスマートデイズは事実上の活動停止という、まさに投資家にとっての「信用リスク」を体現する結果となってしまいました。
この会社の物件を購入したオーナーにとっては、まさに最悪の結末と言っても良いでしょう。今回の事例から、“利回りだけで判断することの恐ろしさ”を我々は学ばなければなりません。
そうは言っても、もちろん利回りは運用商品を選ぶ上で気になるもの。私も「利回りを重視しなくて良い」と言っているわけではありません。
ただ、同時に利回りはその運用商品を構成する要素のうちの一つにすぎないことは忘れてはいけないのです。
不動産投資の世界で言えば、利回りの高い物件は今回のようなシェアハウスや借地権、あるいは築年数の古いものが多く見られます。
もしその人の不動産投資の目的が「子供に資産を残したい」ということであれば、いくら利回りが高かったとしてもそうした物件がその人にとって「良い物件」とは限りません。反対に利回りが低くなったとしても「長く資産価値の残る物件」を選んでもいいはずです。
不動産投資に限らず、資産運用は「ゴールの設定」が大切となります。自らのゴールを設定することにによって、初めて自分にとって“最適な資産運用の方法”が見えてくるからです。
あなたにとっての「資産運用のゴール」がどこにあるのか?
既に資産運用をしている方も、これから始めようと考えている方も、ぜひこれを機に考えてみてください。