「アパート経営をやめたい…。」
これから不動産投資を行おうとしている人からすれば、こんなセリフは奇異に感じるかもしれません。あるいは、実際に不動産投資を検討していなくても、家賃収入を得ることができる“大家業”に憧れている人は世の中にたくさんいるはずです。
しかしながら、その一方で実は「大家をやめたい」と思っている人の数も決して少なくありません。現実問題として、そうした「大家業のリタイア」についてのご相談も私のところに多く寄せられています。
世間的には人も羨む職業であるはずの「大家業」。なぜその仕事をやめたがる人が存在するのでしょうか?
今回のコラムでは、自ら賃貸経営を行う大家であり、「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)でもある“現役大家FP”が、その原因と「正しい大家のやめ方」を解説します。
私の経験上、「賃貸経営をやめたい」という人のタイプは、大きく以下の二つに分かれます。
@の場合は、平たく言ってしまえば「不動産投資に失敗した」ということになるでしょう。
利回りの低い新築ワンルームマンションを買ってしまったり、賃貸需要のない土地に建設会社に言われるまま立派なアパートを建ててしまったりと、その原因は様々です。
これが一時的な不調であれば問題ありませんが、「やめたい」と思うようになるまで追い込まれるということであれば、状況は差し迫っています。証券運用でいうところの「損切り(=マイナスの拡大をどこで食い止めるか)」を判断しなければならない段階まできていると言えます。
理想を言えば、不動産投資に限らずどんな運用方法であれ、始めから自分なりの「損切り」の基準は持っておくべきでしょう。「いくら損をしたらやめるか」という判断目安を自分の中で予め決めておくことが大切です。
これはなにも損をした時のことだけではなく、反対に儲けた時にも同じことが言えます。長期間に渡り上手に資産運用を行なっている人は、大抵この「損切り」と「利益確定」の確固とした基準を持っています。
しかしながら、不動産投資の「損切り」には少しクセがあります。本人が「損切り」をしたくても、状況がそれを許さないことがあるからです。
不動産投資にはアパートローンが付き物です。
中には全く借り入れをせずに賃貸経営を行なっている人もいますが、これはごく少数派。ほとんどの人はアパートローンとうまく付き合いながら家賃収入を得ているのが現状です。
「損切り」を決意して物件を売りに出したとしても、物件の売却価格がローンの残債を下回ってしまったらどうなるでしょう。当然、その不足分は自分が持っている貯金から捻出しなければなりません。
それでも手持ち資金から不足分を出せればまだ良い方で、不足分が大きいため(あるいは手持ち資金が少ないため)に差額を用意できないケースも多く見受けられます。
こうなると現実的な問題として、もはや物件を売却しての「損切り」は実行不可能となってしまいます。その結果、やむ得ず物件を所有したまま、毎月少しずつマイナスを垂れ流すような状況に陥っている例は枚挙に暇ありません。
そんな状態を「仕方ない」と諦めている人も多いのですが、FPとしてはそれが“最善の策”かどうかには大いに疑問が残るところです。
毎月の鈍痛がたとえ耐えられるものだとしても、それが長年積み重なることによって一時的な激痛のダメージを超えてしまう可能性があるからです。
自分の口座にお金がなくても、一時的に資金を用意する術がまったくないわけではありません。
例えば、親族からお金を借りたり、勤務先に融資制度があればそれを利用することもできます。貯蓄型の生命保険に入っていれば、解約してまとまった返戻金を受け取ることも可能でしょう。
もちろんどれも痛みを伴う方法ではありますが、「賃貸経営をやめたい」と思っているということは、現状でも既にかなり痛みが増しているということです。
鈍痛を我慢して症状をやみくもに悪化させるのであれば、時には思い切った対策を講じることも必要ではないでしょうか。
さて、「アパート経営をやめたい」という声の中で意外と多いのが、Aの「収益物件を引き継いだ」パターンです。
単純に「アパートを引き継いだ」と聞くと他の人からは羨ましがられそうですが、アパートは皆さんがイメージするようなものばかりとは限りません。
中には、空室だらけで収益性のまったく見込めないものや、老朽化が進んで修繕費が家賃収入を上回ってしまうアパートも存在します。ずっと家賃を滞納しているような悪質な入居者が居座っているようなケースもあるでしょう。
残念ながら、そうした収益物件を引き継いでもプラスには働きません。これはもう「負の遺産」としか呼びようのないものです。
「負の遺産」であるアパートは、ほとんどの場合が毎月のキャッシュフローがマイナスです。
まだアパートローンが残っていたり老朽化して修繕費がかかる一方で、空室が多く出て行くお金以上の家賃を稼げない物件も数多く存在します。維持管理にはお金だけでなくそれなりの手間もかかりますから、そんな状態では受け継いだ側が「もうやめたい…」と思うのも無理のない話なのかもしれません。
この問題に対する解決策は大まかに2種類です。すなわちアパートを「再生する」か「売却する」かの二択です。
お客様からのご相談を受けるコンサルタントの身としては、まずは「再生できるか」の検討をご提案するようにしています。安易に売却する方向に走ってしまったら、仲介手数料目的の不動産業者となにも変わらなくなってしまうからです。
ただし、こうした「負の遺産」の再生にはそれなりの覚悟が必要です。
まずは入居率を上げて家賃収入を増やすことを考えますが、そのためには修繕や追加設備など費用がかかります。特にこれまで適切な管理を行ってきていない場合は修繕費が高額になることもあり、費用対効果の面で慎重な対応を心がけるべきでしょう。
賃貸経営を「資産運用」と考えるのであれば、こうした修繕はいわば「追加投資」です。追加投資によって運用としての効率が上がらなければ意味がありません。
逆に十分な効果が見込まれるのであれば、一時的な支出を過度に恐れることはないと考えられます。追加投資以上に利回りが良くなって収益物件としての資産価値が上がれば良いわけです。その場合は、何も慌てて売却をする必要はありません。
とは言え、よく事情もわからずアパートを継いだだけで、大家としてのノウハウも持ち合わせていない場合、物件の「再生」は高い壁です。よく検討した上で、やはり「売却」という選択肢をとることもあるでしょう。
売却の場合は、「売るための戦略」が非常に重要です。
お客様のお話を聞くと、よく「こんなボロボロのアパート高く売れないよ」といった意見を耳にします。
確かに手放す物件にはなにかしらの問題がある場合が多いでしょう。逆に考えれば、なにも問題がなければ敢えて手放す必要もないわけですから、これはある意味当然の話です。
このような場合は、売る相手を具体的に絞ることで良い結果が得られるケースがあります。万人向けではなくても、一定のマーケットに響くような商品として物件を捉えるのです。
例えば、とにかく利回りの良い物件を購入して、短期間で資金を回収したいと考えている人がいるとします。
それであれば売り手側としては、短期的にでも利回りを上げてやればその物件が高く売れる可能性が広がります。先ほどの再生のための追加投資とは意味合いが異なりますので、修繕をするにもあまり費用をかけずに、まずは表面利回りを上げる工夫をするべきでしょう。
あるいは節税狙いで収益物件を買おうとしている人がいれば、売却価格のうち建物価格の割合を大きくすることで全体の値段を下げずに済むかもしれません。総額が同じでも、そのうちの建物価格の割合が大きければ大きいほど、経費として計上できる減価償却費が多くなるからです。
このように相手のニーズを絞り込んで戦略を練ることで、古い物件でも意外な高値で売れることがあるのです。
「アパート経営をやめたい…」
もしあなたがそう思っているのであれば、まずは自分の所有している物件の特性をよく知ることがとても大事です。特に相続で受け継いだアパートなどは、現在の所有者が驚くほど自分の物件のことをご存知ない場合が多いものです。
自分の物件をよく知ることができれば、「再生」してアパート経営を継続させるか、それとも「売却」して精算するかの判断もさほど難しくはありません。
賃貸経営をやめるだけなら簡単ですが、やめるのであれば「正しいやめ方」というものがあるはずです。
自分で始めた人であればその失敗が最小限に食い止められるように、相続した物件であればせっかくの遺産をなるべく有効に活かせる形で、自分なりの賃貸経営の着地点を探してみるのが良いのではないでしょうか。