あなたは「ロボアドバイザー」という言葉をご存知でしょうか?
近年様々な分野で発展が目覚ましいAI(人工知能)の世界。簡単に言ってしまえば、そのAIの技術を資産運用の世界に持ち込んだのが「ロボアドバイザー」です。ここ数年で日本でも各社の製品が出揃い、メディア等でもよく取り上げられるようになってきました。
その一方で、まだまだできたばかりの新しい商品である「ロボアドバイザー」。「興味はあるけれど、どんなものかよく分からない」という声も多く耳にします。
そこで今回は、注目の「ロボアドバイザー」をファイナンシャルプランナー(FP)が「“お金の相談”の専門家」という視点から、自身の実体験も交えながら解説してみたいと思います。
一口に「ロボアドバイザー」と言っても、その内容は大きく2種類に分かれます。
一つは、その名前の通り顧客にどの銘柄の株や投資信託を買えば良いのかを教えてくれる「アドバイス型」。もう一つは、実際の商品売買を含めて資産運用そのものをAIに任せてしまう「おまかせ型」です。
どちらも従来は高いお金を払って高度な知識を持つ専門家にお願いするものでしたが、それらの業務をAIに任せることによって比較的安価な費用で同じようなサービスが受けられるようになりました。
「ロボアドバイザー」が生まれたアメリカでは、前者の「アドバイス型」が主流と言われています。これまで通りの専門家と併用して、言わばセカンドオピニオンとしての役割をAIに持たせるケースが多いようです。
それに対し、日本では後者の「おまかせ型」が注目を集めています。この違いは、両国の「資産運用に対する意識の差」によって生まれているものです。
日本証券業協会による「平成27年度 証券投資に関する全国調査」によると、日本において個人が保有する資産のうち、株式や投資信託などのいわゆる「リスク資産」の割合は実に20%以下。一方のアメリカでは、常に「リスク資産」の保有率は50%近くを占めています。
私も面談の中で日々感じることですが、とにかく「損をするのがイヤ」というのが日本人の気質。そのために資産を増やすチャンスを逃しても構わないというのが、投資に対する日本人の基本姿勢です。
誤解のないように申し上げておくと、「リスク(運用の世界では「ブレ幅」の意味)」を回避しようとする姿勢自体は決して悪いことではありません。その人の資産状況や家庭の環境によっては、そのような方針をとるべき時もあるでしょう。
本当の意味で問題なのは、このリスク恐怖症に端を発する「資産運用への無知無関心」です。
日本社会全体が、
「資産運用は怖い」
↓
「なるべく近づかないようにしよう」
↓
「運用に対する知識を得る機会がない」
↓
「よく分からないからやっぱりコワイ」
という“負のスパイラル”に陥っており、人々を資産運用から遠ざけてしまいます。
多くの人が資産運用に縁のない生活を送る一方で、一部には驚くほど幼稚なウソで投資詐欺に騙されてしまう人が後を絶たないのが、日本社会の「資産運用に対する無知無関心」をよく現しています。
そこで、「ロボアドバイザー」の登場です。
「興味はあるけどよく分からない。でも損するのはイヤだ」という人が多い日本では、自らも知識を必要とする「アドバイザー型」よりも、全て任せてしまう「おまかせ型」の方が受け入れやすい土壌があると言えます。ロボアドバイザーを展開する各社が「おまかせ型」に重点を置くのも、そうしたマーケット戦略としては当然のことでしょう。
実際にロボアドバイザーを試してみると、そうした「資産運用初心者」向けの仕掛けが随所に見られます。
例えば、ほとんどのロボアドバイザー商品では、始める時に今後の運用方針を決めるためにいくつかの簡単な質問が用意されていますが、初心者に門戸を開くことを意識しているためか、これらの質問には専門用語等は見当たらず、中には直接投資とは関係ないようなものまであります。
これなどは資産運用に対する抵抗感をなくす工夫の典型的な例でしょう。
さて、「“お金の相談”の専門家」であるFPがロボアドバイザーを実際に使ってみて、これから利用する方には気をつけていただきたい点がいくつかありましたので、解説しておきたいと思います。
まずは仕組み的なデメリットが2点あります。
一つ目は、「ロボアドバイザーに対して費用がかかる」という点です。
「おまかせ型」のロボアドバイザーでは、実際の運用に「ラップ口座」という受け皿を使います。
ラップ口座とは簡単に言えば「運用者に売買の権限を与える口座」のことを言い、本来はロボアドバイザーとは別物ですが、資産運用そのものを委任する「おまかせ型」のロボアドバイザーとはとても相性が良いため、多くのケースで導入されています。
このラップ口座には運営するための手数料が発生します。保有する資産の中に投資信託があれば、投資信託にも維持費としての手数料がかかりますので、場合によっては二重に手数料がかかるケースがあるので注意が必要です。運用益が手数料によって相殺されてしまう可能性があるからです。
二つ目は、原則として「NASA口座が使えない」という点です。
ご存知の通り、NISAとは株や投資信託の譲渡益が出ても非課税になる仕組みのことですが、現状ではロボアドバイザーでNISA口座を使うことができる商品は一部に限られています。NISA口座を使えない場合は、譲渡益に対して所得税と住民税を合わせて20.315%の税金がかかることになります。
もっとも、NISAが本領を発揮するのはあくまでも「譲渡益が出た場合」のみ。そもそも利益が出なければその特性を活かすことはできません。
「おまかせ型」のロボアドバイザーが運用初心者をターゲットにしているのであれば、AIに利益を出してもらうことで税金の負担は割り切るという考え方も成立するでしょう。
FPとして気になったのは、そうしたシステム面よりもむしろ「根本的な運用方針の決定」についてです。
ロボアドバイザーによる運用方針がいくつかの簡単な質問によって決定されるのは既に述べた通りですが、この質問は純粋に「あなたは資産運用についてどう考えているか」を問うものであり、「ロボアドバイザーに預けるお金をどう運用したいか」を訊いているものではありません。
この二つは似ているようですが根本的に違う問題であり、その点をしっかり理解しないとせっかく投資に回したお金の肝心な“運用方針”を間違えてしまう可能性があります。
例えば、これからロボアドバイザーで資産運用を始めようと考えている男性がいるとします。運用初心者向けの商品ですから、この人も投資は未経験。貯金は500万円以上ありますが、まずは10万円からロボアドバイザーを始めることにしました。
この人にロボアドバイザーの“性格診断”とも言える質問をぶつけたらどうなるでしょう?
これまで投資をしたことがなくずっと貯金だけをしていた彼ですから、質問に対する回答も自ずとリスクを極力避けるようなものになるはずです。
しかしながら、その「彼自身のリスク許容度」と、彼がこれからロボアドバイザーに預けようと思っている「10万円の運用方針」が必ずしも一致するとは限りません。
彼には既に500万円の貯金があるわけですから、この10万円はリスク(=ブレ幅)を受け入れて大きな利益を狙う運用方針にしても良いはずです。
彼の性格診断をそのまま運用方針にしてしまったら、これまでやってきた貯金とあまり変わらない結果になるのは想像に難くありません。それではせっかく勇気を持って投資の世界に足を踏み入れた甲斐がないというものです。
もっとわかりやすく言えば、同じ性格の持ち主で、同じ500万円の貯金がある人でも、そのうちの10万円を投資に回すのと200万円を投資に回すのでは運用方針がまるで変わってきてしまうということです。考えてみれば当たり前の話でしょう。
ロボアドバイザーが投資初心者に焦点を当てている“弊害”とも言えるのがこの点で、「自分のリスク許容度」ではなく、「実際に預けるお金の性質」を考えて自分なりに運用方針を決める必要があるのです。
その意味で、大切になるのが「アセットアロケーション(資産配分)」です。
まずは自分の全ての資産を把握した上で、そのうちの「どのくらいのお金」を「どのくらいの期間」で「どのくらいの目標」で運用するかを決めなければなりません。そのためにはその人のライフプランに基づく長期的な視点での「資産運用のゴール」を設定する必要があります。
そう考えれば、たとえ相手が高度なAIだとしても、預ける側が無計画では効率の良い資産運用ができない可能性が高くなります。技術が進歩したとは言え、「すべておまかせ」でできるほど資産運用は甘いものではないのかもしれません。
一方で、ロボアドバイザーに期待したいのはどんなところでしょう。
実際にやってみてまず感じたのは、「ポートフォリオの細かさ」です。
自分が決めた枠の中でロボアドバイザーが様々な分野の商品に投資するわけですが、ポートフォリオの中には配分比率が1%を切るものもあります。
全体が10万円だとするとその1%は1,000円ですから、個人でやった場合はなかなかここまで細かい分散はできません。銘柄が増えれば増えるほど、管理する手間がかかるからです。
しかし、特に資産を守りたいのであれば細かい分散は必須です。この部分をめんどくさがらずしっかり実行するマメさはAIの良さではないでしょうか。
さらに言えば、本当の意味でこれからロボアドバイザーに期待したいのは、やはり「利益確定」の部分です。
投資の世界での格言に「もうはまだなり まだはもうなり」というものがありますが、所有している銘柄の値が上がったとしてもその売り時はなかなか難しいもの。ついつい「もうちょっと上がるかも…」と欲の皮がつっぱってしまい、結局は高値で売るタイミングを逃してしまいがちです。
全く反対の「損切り」にも同じことが言えますが、こうした人間の優柔不断さをAIであれば論理的に割り切ってくれるのか。今後の運用成績に大いに注目したいところです。
まだまだ始まったばかりのAIによる「ロボアドバイザー」。
各業界にAIは進出していますが、中でも膨大なデータの解析はAIのもっとも得意とするところですから、運用の世界においてその存在感はますます高まっていくことでしょう。もしかしたら、ロボアドバイザーのおかげで日本の「リスク資産」の保有率が飛躍的に向上するなどという未来もあるかもしれません。
これからもAIはより進化してどんどん人間に近づいていくでしょうが、あまりに人間に近づきすぎてAIが優柔不断さまで持ち合わせるようになったらそれはそれで問題です。
ロボアドバイザーが進化しすぎて「利益確定」や「損切り」ができなくなったらどうしよう…と、心配しているのは私だけでしょうか(笑)。