住替えで自宅を賃貸に出したい。でも…

「住替えにあたり、今の自宅を貸し出したいのですが…」

 

「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)として、住替えに関するご相談を受けることがあります。

 

ただし、実際に賃貸経営を行っている「現役大家」である私のところに持ち込まれるご相談は、単なる住替えだけではありません。住替えにあたり、「今のご自宅を賃貸に出したい」というお考えの方も多くご相談にいらっしゃいます。

 

確かにそれまで苦労を重ねて手に入れたマイホームですから、住替えだからと言って簡単に手放すのには抵抗があるでしょう。元の自宅を所有し続けながら、なおかつその自宅が家賃収入を生んでくれるのであれば、それは良い選択肢と言えそうです。

 

しかしながら、この「住替えで古い自宅を賃貸に出す」という考えには、実は大きな落とし穴が潜んでいます

 

これまで家を貸したことのない人が陥りやすいこの落とし穴。今回のコラムでは、“現役大家FP”がその危険性を徹底的に解説します。


「ローン返済額=家賃」ではダメ!

まず、ご自宅を賃貸に出す場合は、大きく二つのパターンに分かれます。「既に住宅ローンが終わっているケース」「まだ住宅ローンを返している途中のケース」です。

 

前者の場合であれば、これからお話しする内容を考えても、それほど深刻な事態になることはないでしょう。キャッシュフロー(=お金の出入り)が大きくマイナスになる可能性が少ないからです。

 

それに比べると、後者の場合は慎重に事を運ぶ必要があります。

 

住み替えるためには新しい家を購入し、新しい住宅ローンを組むことになるでしょう。つまり、その場合は同時に二つのローンを背負いこむことになりますから、このコントロールはかなり難易度の高いものになります。

 

後になって「こんなはずじゃなかった…」となる前に、「自宅を貸し出す」とはどういうことなのかかをしっかり理解する必要があります。

 

そもそもの間違いの原因は「家賃収入で元のローンを払えるから大丈夫だ」という考え方です。こう考えている人は案外多く、「ローン返済額=家賃」で自宅を賃貸に出そうとしている例はよく見かけます。

 

ただし、一度でも賃貸経営をやったことがある人間であれば、それが間違いであることは容易に分かります。そんな始め方では、この時点で失敗は決まったようなものです。

 

「ローン返済額=家賃」ではダメな理由は大きく5つ。順を追ってご説明しましょう。


理由@ 「ローン以外にもお金がかかる」


第一の理由は、「住宅にはローン以外にもかかるお金がある」ということです。

 

年に一度だけ払うことが多いので忘れがちですが、自分が所有する不動産には「固定資産税」がかかります。金額は物件によって変わってきますが、一般的なマンションでも年間12〜15万円程度、毎月に直すと1万円以上の出費となります。

 

また、所有しているのがマンションであれば月々の「管理費」と「修繕積立金」もかかります。それ以外にも、もしかしたら15年程度の周期で行われる大規模修繕のために、さらにまとまった出費があるかもしれません。

 

こうした「ローン以外の住宅の維持費」を計算にいれておかないと、自宅を賃貸に出した時のキャッシュフローはたちまちマイナスになってしまいます。

理由A 「メンテナンス費用がかかる」


「自宅を賃貸に出す」ということは、「他の人に家を貸してお金をいただく」ということ。

 

そのためには、家の状態を常に一定のレベルに保っておかなければなりません。この部分にも当然それなりの費用がかかります。

 

まずは貸し始める時の「リフォーム費用」。自分たちが住んだまま貸すというわけにはいきませんから、これはどうしても必要となる作業です。さらに一度入居者が決まったとしても、その人が退去したたら、その都度クリーニングが必要となります。

 

また、「住宅設備の老朽化」も大家業の宿命です。

 

代表的なところがエアコンと給湯器で、それぞれ10年程度の寿命と言われており、交換するとかなりの金額が出ていきます。他にも、住宅である以上水回りの劣化は避けられず、定期的にメンテナンス費用がかかる部分です。

 

自宅として使用している時はあまり気にしませんが、こうした住宅設備の維持は大家の責任。その費用も始めから計算に入れておかないと、収支計画に大きな狂いが生じてしまいます。

理由B 「賃貸経営の経費がかかる」


いくら1室とは言え賃貸経営をするのであれば、その分の経費もかかります。例えば、管理をお願いする「不動産会社に支払うお金」です。

 

現在の商慣習では、客付、つまり入居者を決めてくれた時に管理会社に一ヶ月分の家賃を手数料として払うのが一般的。入居者から一ヶ月分以上の礼金を受け取れるのであればそこで相殺できますが、礼金がない物件の場合、その分は大家の持ち出しとなります。

 

また、月々の管理費として家賃の5%程度を徴収する管理会社が多数派です。一回入居者が決まってしまえば、特に問題が起きない限り管理会社の出番はなさそうですが、それでも固定費として毎月の管理費は出て行ってしまうので注意が必要です。

理由C 「ずっと満室なわけがない」


賃貸経営を行う以上、空室リスクから逃れることはできません。大家業の成否は「どのように空室リスクに対処するかで分かれる」と言っても過言ではないのです。

 

例え退去からすぐに次の入居者が決まったとしても、クリーニング等の時間が必要となりますから最低でも2週間程度の空室期間が生じます。

 

どんなに良い立地でもすぐに次の入居者が決まるとは限りません。場合によっては空室が2〜3ヶ月に及ぶこともあるでしょう。もちろん、その間は家賃収入は発生しないことになります。

 

それでも、賃貸に出している家の住宅ローンが払い終わっていれば、そんな状況にも冷静に対処できると思います。入ってくるお金はなくなっても、出て行くお金はそれほど多くないからです。

 

しかし、住宅ローンがまだ残っているとなると話は別です。

 

元の自宅の住宅ローンを今の生活費で負担しなくてはなりません。住替えのために購入した現在の自宅のためにも住宅ローンを組んでいるでしょうから、その場合は同時に二つの住宅ローンを払うことになります。よほど収入に余裕がない限り、この間の家計へのダメージは深刻なものになるはずです。

 

あるいは、空室期間を短くするため、止むを得ず募集家賃を下げるようなケースもあります。

 

この場合は部屋が埋まる可能性は高くなりますが、万が一ローン返済額以下の家賃でしか貸せなかったとなると、その後しばらくは差額分を家計から捻出しなければなりません。今のご時世、後から家賃を上げるのは簡単ではありませんから、入居者が住み続ける限り、その負担はずっと続くことになります。

理由D 「家賃収入は課税所得」


最後の理由は、「税金」です。

 

ここまでの4つの理由は想像できた方でも、この税金についてきちんと理解している人はほとんどいらっしゃいません。

 

家賃としてあなたが受け取ったお金は税法上は「不動産所得」と呼ばれ、課税の対象となります

 

以前の自宅を貸すようなケースであれば、自分はサラリーマンとして給与所得を受け取っている場合がほとんどですから、所得税を計算する時にこの「不動産所得」は給与所得に上乗せされることになります。不動産所得も給与所得も、総計して税率を決める「総合課税」に分類されるからです。

 

問題は、この「上乗せされる」という点です。

 

ご存知の通り、所得には基礎控除を始めとする様々な控除の仕組みがあり、税金を軽減してくれています。もし収入が不動産所得だけであれば、そこから各種の控除が行われるわけですが、給与所得も別にあるとなるとそうはいきません。

 

控除に関しては給与所得の部分で全て使われてしまい、不動産所得については何の優遇処置もなく、まともに税率がかかることになります。給与所得に上乗せされることで、不動産所得は言わば“丸裸”の状態にさせられるわけです。

 

さらに厳しいことに、日本の所得税には超過累進税率、つまり収入が高くなればなるほど税負担が重くなる仕組みが採用されています。

 

このことはつまり、土台となる給与所得が高ければ高いほど、丸裸にされた不動産所得には高い税率がかけられることを意味します。極端な話、不動産所得の1/3以上が税金として持っていかれても不思議ではないのです。

 

それでは毎年の確定申告の後に、納税のため貯金を切り崩すような事態にもなりかねません。

ライフプランと相談して決めよう!

こうして5つの理由を並べてみれば、「ローン返済額=家賃」がいかに危険な考え方かがはっきりと分かります

 

新築マンションのモデルルームなどで営業マンが「もし他人に貸したとしても住宅ローンは家賃収入で賄えますよ」というセールストークを使いますが、これもずいぶんと怪しい話です。「物の値段にはそれ相応の理由がある」という経済の原則を考えると、その言葉をそのまま鵜呑みすることはできません。

 

また、前の自宅の住宅ローンを残したまま次の家のためのローンを組もうとすると、当然金融機関の審査は厳しいものになります。なかには新しい家のためのローンを組めないケースも出てくるでしょう。

 

愛着のある我が家を手放したくない気持ちはよく分かりますが、元の自宅を賃貸に出すにも「メリット」と「デメリット」があります。自分のライフプランとよく照らし合わせた上で、賃貸に出すことに拘りすぎず、売却も選択肢の一つとして考えるべきでしょう。


(2017/11/22 文責:佐野純一)

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