実は論点がズレている「2,000万円問題」

「老後資金は2,000万円が必要なんだって!」

 

2019年6月、金融審議会が発表した「市場ワーキング・グループ報告書」の中で、「平均的な老後の生活には支給される年金の他に約2,000万円が必要」という記載がありました。

 

この文言がすぐに日本中を巻き込む大騒動に発展し、政府の対応を批判するデモが行われたり、参議院選挙を控えた与党が火消しに躍起になる姿が連日報道されたりしたのは記憶に新しいところ。いわゆる「老後資金2,000万円問題」です。

 

ただ、そんな世の中の騒ぎをよそに、我々ファイナンシャルプランナー(FP)のように日頃からお金の問題に触れている人間のほとんどは冷静な受け止め方をしてたと思います。

 

ある意味それは当然で、我々にとっては全身が脱力してしまうほどに“今更感”のある話題だったからです。

 

さらに言えば、この「老後資金2,000万円問題」、個人的にはかなり“大きなお世話”と感じています。全くもって“無意味な議論”と言っても決して過言ではありません。

 

「“お金の相談”の専門家」である私にとって、なぜこの議論はまるで意味をなさないものなのでしょうか。今回のコラムでは、その理由と「老後資金2,000万円問題」の“本当の罪”を解説します。


新しい情報がないのに驚くほうが不思議!

まず、日頃からお金の問題に接している人たちが、この問題を冷静に受け止めている理由から説明します。

 

それは「今回の報告書にはなにひとつとして新しい情報がないから」です。

 

例えば、今回の報告書で「これから支給される年金の額が減少する」という発表がされたのであれば私も驚きます。それは、これまで作ってきた全てのライフプランに変更が余儀なくされるほど大きな問題となるでしょう。

 

しかしながら、今回「2,000万円不足する」という報告の元になっている各種の数字は以前から公表されていたもので、その数字を元に一般的なモデルケースの計算を行ったに過ぎません。作業自体は、FPが日常的に作成しているライフプランとなんら変わることがないのです。

 

そう、だから我々FPはずっと前から知っていたのです。

 

多くの家庭において老後資金が不足するというのが、なにも今に始まった問題ではないことを。もう何年も前から、そんなライフプランは数多く存在していました。

 

ですから、今になって既存の数字を使って「老後資金が2,000万円不足する」と言われても、その内容に驚くことはできません。むしろ、あまりに当たり前のことが急に声高に叫ばれ始めたこと、そしてそれを受けて大騒ぎする人があまりに多いことの方にビックリします。


「2000万円」という数字に意味はない?

今回、騒動が大きくなった原因の一つに、不足する額として「2,000万円」という具体的な数字が示されたことがあると思います。それぞれの人が我が身に「2,000万円」という数字を当てはめることによって、受ける衝撃の度合いが増したわけです。

 

最終的には「2,000万円」という数字が一人歩きして騒動を大きくした感はありますが、実はこの「2,000万円」こそ私がこの問題を“大きなお世話”と感じる最大の要因でもあります。

 

ここで改めて考えてみてください。今、自分自身を取り巻くお金のことを。

 

自分が働いて入ってくるお金も、反対に日々の生活で出て行くお金も、それぞれその人なりの事情があります。この世に自分とまったく同じお金の流れをする人など存在はせず、その意味でお金の事情はまさに“人それぞれ”のはずです。

 

一例を挙げれば、老後に受給する年金の額もその人によってかなり差が出てきます。ずっと自営業者として仕事をしてきた人であれば、加入してきたのは国民年金だけ。会社員として勤め上げた人(ずっと厚生年金に加入してきた人)に比べると、年間で受給できる年金額は半分から1/3程度になってしまいことが多いでしょう。

 

どうでしょうか。それでも「ずっと自営業者だった人」と「ずっと会社員だった人」は、両者とも老後資金の不足額は「2,000万円」でしょうか。そんな計算にならないのは誰の目にも明らかです。

 

老後資金に限らず、自分を取り巻くお金のことはそれぞれ自分の事情で計算すれば良いもののはず。逆に言えば、他人の事情や全体の平均値でいくら考えても、それ行為にはなんの意味もありません

 

ですから、十把一絡げに「老後資金が2,000万円足りない!」と決めつけるのは実に乱暴な議論ですし、そしてなによりも“大きなお世話”であると言えるのです。


「年金制度」の本当の役割を知ろう

この「老後資金2,000万円問題」が“炎上”してしまった背景には、国民の年金制度に対する誤解があるように思います。いきり立っている人の中には「ちゃんと年金を払っているのに、その上で2,000万円を用意しろって言うのか!」という論調が多いからです。

 

ここでハッキリさせておきたいのですが、年金とは決して「貯金」ではありません。「未来の自分に対する貯蓄」というイメージを持っている人が非常に多いのですが、これは我が国の年金制度を根本的に勘違いしています

 

日本の年金制度とは、一言で言えば「保険」です。しかも、誤解を恐れずに言えば、現在の日本において“最強の保険”と呼んでもいい存在なのです。

 

一般的に「年金」というと老後にもらうお金のイメージが強いのですが、これは「老齢年金」といって年金制度のほんの一部に過ぎません。

 

年金制度は、一家の働き手が亡くなった時に遺族に支払われる「遺族年金」、障害を持った時に本人に支払われる「障害年金」、これに「老齢年金」が加わった3つの柱で構成されています。

 

つまり、老後にもらう老齢年金は大まかに言って年金制度が担う機能のわずか1/3に過ぎないのです。


年金は“最強の保険”?

突然ですが、ここで問題です。

 

もし年金が一部の人が思っているように「払ったお金が老後に返ってくる」という仕組みだとしたら、「遺族年金」や「障害年金」の原資はどこから捻出されるのでしょうか?

 

みんなから集めた資金の運用益から? もちろん、そうして補填をしている部分もあるでしょう。

 

しかし、「遺族年金」や「障害年金」は「運用益が出なかったから払えません」で済むものではありません。社会保障の面から考えれば、むしろ運用損が出たとしても率先して配給するべきでしょう。

 

我々が負担している年金掛金の中から困っている人に保険料が支払われているのであれば、老齢年金で自分が支払った金額が戻ってこなかったとしてもなんの不思議もありません。

 

逆に、民間の生命保険は保険料が掛け捨てになるのが当たり前なのに、年金という名の「保険」にそれが許されないという考えの方が不自然です。

 

しかも、老齢年金は生きている限りお金を受け取れる仕組みになっています。民間保険会社の年金保険(いわゆる「個人年金」)は支払われる期限があるものがほとんどですから、保険としての両者の性能にはかなり開きがあります。

 

これに加えて、「死亡保障(遺族年金)」や「障害保障(障害年金)」がセットでついてくるわけですから、これはかなりお得な保険です。

 

こうして考えてみれば、私が年金制度を“最強の保険”と呼ぶのもあながち大げさではないということが、お分りいただけると思います。


「2,000万円問題」の本当の罪

残念ながら、「老後資金2,000万円問題」がここまで大きな騒ぎとなったのは、国民の年金制度に対する理解が浅いことがその一因です。

 

さらに掘り下げれば、日本ではお金に関する教育がほとんど行われないことが問題の根底にあるわけですが、教育制度の改革が一朝一夕では期待できない以上、個々人が自助努力でそれぞれ自分の金融リテラシーを高めていくしかありません

 

今、「“お金の相談”の専門家」であるFPとして私が危惧しているのが、この「老後資金2,000万円問題」をキッカケに各種金融商品の強引な売り込みが増えてしまうことです。

 

ご丁寧にも国が国民全体の不安を煽ってくれたわけですから、これは金融商品のセールスマンにとっては千載一遇のチャンス。実際に「老後資金は2,000万円不足する!」をキーワードにした様々な金融商品の広告を目にするようになってきました。

 

この状況は、2015年に相続税が増税になった時を彷彿させます。その時にはアパート建設会社が増税を切り口に全国の地主に営業攻勢をかけ、その結果、賃貸として需要のないアパートがいたるところに完成しました

 

今回も老後資金に不安を感じた人がセールスマンの営業文句に乗っかってしまい、よく分からない投資に手を出した挙句、より事態を悪化させることが懸念されます

 

これこそが「老後資金2,000万円問題」の“最大の罪”と言えるでしょう。

 

繰り返しになりますが、自分のお金は自分で考えるもの

 

「老後資金としていくら用意しておけば良いか」も結局は自分で決めれば良いことで、一緒くたに「2,000万円足りない!」などと言われるのは“大きなお世話”以外の何物でもありません。

 

私の経験上、人の不安を煽って買わせるような金融商品ほどろくなものはないと断言できます。

 

世の中の様々な雑音に過剰に反応することなく、まずは自分のお金とじっくり向き合うことから始めてみましょう


(2019/08/21 文責:佐野純一)

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