「相続税対策でアパート建築」は間違い???

「相続税対策にはアパート建築が一番です!」

 

これは、毎週のように地主さんのところに押しかけては繰り返されるアパート建設会社営業の常套句です。

 

確かに所有している土地にアパートを建てることは、相続税対策の一環になることがあります。ただ、建設会社の営業がその意味を正しく理解しているかと言えば、それは大いに疑問です。

 

なぜなら、彼らの目的は地主さんの相続税対策ではなく、自分の会社がアパート建設を受注することに他ならないからです。

 

「相続税対策にアパート建設が効果的」と言われる一方で、同じくらい「アパート建設で失敗した!」という声も聞きます

 

なぜそんなことになってしまうのでしょうか?

 

今回のコラムでは、自ら賃貸経営を行う「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、“現役大家”の視点で「アパート建設は本当に相続税対策になるのか」を解説します。


アパート建築が「相続税対策」になる理由

そもそも「相続税対策」とはなんでしょうか?

 

端的に言えば、それは「相続税を減らすこと」であり、そのためには相続税計算の基である「相続税評価額を減らすこと」が大切になります。

 

この「相続税評価額」は資産の種類によって算出方法が異なります。一番分かりやすいのが現金や預貯金で、これらは1億円あれば相続税評価額もそのまま1億円となります。

 

では、土地や建物の場合はどうなるのでしょうか。

 

資産として考えれば単純に売値を相続税評価額とすれば良いかも知れませんが、不動産は非常に売値を決めるのが難しい資産です。世界中を探しても一つとして同じものがないのが不動産ですし、同じ物件でも売買の時期や売り手と買い手の事情によっても大きく金額が変わってきてしまいます。

 

そのため、不動産に関しては土地と建物でそれぞれ独自の相続税評価額の算出方法が決まっているのです


土地の評価額算出方法


土地に対する相続税評価額の算出方法は以下の通りです。

土地評価額 =路線価×土地面積×補正値

「路線価」とは国税庁が相続税評価額のために道路一本一本につけている値段のことです。国土交通省の地価公示価格とリンクしており、原則として高値で取引される土地に隣接する道路にはそれ相応の路線価がつけられています。

 

この路線価に土地面積を掛け、さらに個別の事情によって補正をかけたもの(二つの道路に接していたらプラス評価、いびつな形ならマイナス評価など)が、その土地の相続税評価額です。

 

では、なぜこの「相続税評価額」がアパートを建てることによって下がるのでしょうか。

 

実は上の計算式は「更地」か「自用地」(自宅が建っている土地)の評価額です。この土地にアパートを建てることによって、土地の種類が「貸家貸付地」と変わり評価額が下がる仕組みとなっています。

 

その土地に建っているアパートに他人(賃借人)が住んでいれば、いかに所有者といえど簡単に土地を処分することはできません。土地に対する自由度が下がる分、相続税評価額も低くしようという理屈です。

 

「貸家貸付地」の相続税評価額は自用地に補正をかけて求められます。

貸家建付地の評価額 =自用地の評価額×(1−借地権割合×借家権割合)

「借地権」とはその土地を借りている人の権利で、割合が路線価ごとに定められています。

 

「借家権」はその家を借りている人の権利で、こちらは全国一律30%となっています。

 

日本ではこのような「不動産の借り手の権利」が強く認められていますので、更地よりも貸家貸付地の方が評価が低くなるのです。

 

それでは、更地にアパートを建てると土地の相続税評価額はどのくらい下がるのでしょうか

 

更地の評価額を1億円、借地権割合を70%とすると次のような計算式になります。

 

貸家建付地の評価額=1億円×(1−70%×30%)=7,900万円

 

同じ土地でありながら、20%以上の評価減となりました。なるほど、土地に関してはアパートを建てることで相続税節税の効果はありそうです。

建物の評価額算出方法


一方、建物の相続税評価額はどのように計算されるのでしょうか。

 

建物の相続評価額の計算方法はいたってシンプルです。

建物評価額 =固定資産税評価額

「固定資産税評価額」とは、その名の通り毎年の固定資産税の基になるものです。物件にもよりますが、新築であればおおよそ建設費の50〜70%が目安となります。例えば1億円で自宅を建てた場合は、固定資産税評価額として6,000万円程度と算出されることになるでしょう。

 

これが、他人に貸すアパートとなると先程も登場した「借家権」の分だけ評価が下がります。

アパートの評価額 =固定資産税評価額 × ( 1−借家権割合)

借家権割合は既に触れた通り全国一律で30%ですから、1億円でアパートを建てた場合は以下のような計算になります。

 

アパートの評価額 =6,000万円 × ( 1−30%)=4,200万円

 

1億円かけて建てたアパートが4,200万円の相続税評価額となるわけです。1億円の現金に比べたら確かに相続税は安くなると言えるでしょう。

 

こうした計算式をもって建設会社は「節税できる!」と胸を張るわけですが、果たして本当にそうでしょうか

そのアパートに1億円の価値がありますか?

改めて考えていただきたいのは、「建設費1億円のアパートに1億円の価値があるか」ということです。言い方を変えればこれは、「建設費1億円のアパートが1億円で売れるか」ということでもあります。

 

もちろん建物は土地と併せて初めてその価値が決まるわけですから、建物だけを売るというのは現実的ではありません。それでも、単純に建物だけを売却したと仮定した場合、建設費1億円のアパートは1億円では売れることはないでしょう。

 

その理由は簡単です。

 

建設費1億円の中には建設会社の利益が入っており、竣工した瞬間にその分は建物の価値から差し引かれてしまうからです。建設会社の受注金額が1億円であれば、建物自体の価格はそれ以下であることは疑いの余地はありません。

 

そして、もしそのアパートにきちんとした収益性がなければ、建設費にいくらかけたとしてもその収益性に見合った売値しかつかない点にも注意するべきです。

 

アパートなどの収益物件は家賃収入から利回りを計算して売却価格が決められることがほとんどで、建設費にいくらかかったかは問題にされません。物件の収益性が低ければ、自ずと売却価格も低くなってしまうのです。

 

つまり、現金1億円でアパートを建てた場合、相続税評価額が下がるのではなく、資産そのものが減少している可能性も否定できません

 

果たしてそれを「節税」と呼んで良いものでしょうか?


「借金で相続税が減る」は大いなる誤解

少し話が逸れますが、よく言われる「借金すると相続税が減る」という考え方は大いなる誤解です。

 

確かに借金をすれば、その分を手持ちの資産からマイナスすることができます。ただし、借りてきたお金をそのままにしていたのでは借金した分だけ「現金」という資産が増えているだけですから、プラスマイナスはゼロとなり従来の資産は1円たりとも減ってはいないのです

 

借りてきた「現金」を「不動産」という形に変えることで、初めて相続税評価額を減少させることができるわけですが、この行為は先ほども述べたように「資産そのものが減る危険性」を含んでいます。

 

相続資産が減っていれば、相続税が減るのは当たり前の話です。それはもはや「節税」ではありません。

 

アパート建築会社の提案に従って、資産を削ってまで相続税を減らしたほうが良いのか、目先の損得に捉われず慎重に検討する必要があるでしょう。


相続税を減らすことよりも大切なことがある!

実際に大家業を営んでいる私個人としては、「相続対策のため」に土地活用やアパート経営を行うことには懐疑的です。相続税節税ばかりに意識が行ってしまい、賃貸物件としての事業性を大きく欠くケースが多いからです。

 

「賃貸経営」という事業に失敗してしまえば、たとえ相続税を多少節税できたとしても、次の世代で土地を失うことになってしまいます。それどころか、土地を売却してもなおアパートローンの残債が残るかもしれません。

 

それはまさに「負の遺産」です。

 

自分の子供に遺すのであれば、そんな「負の遺産」ではなく、「今後のキャッシュフローを生み出す仕組み」を選びたいものです。極端な話、その仕組みを遺すために相続税が増えたとしても、それはそれで構わないのではないでしょうか。遺される側にとってどちらが嬉しいかは、考えるまでもないことです。

 

もちろん、上手くやれば相続課税評価額を増やさずにキャッシュフローの仕組みを遺すことも可能です。ただし、これには“ブレ幅”という意味の「リスク」が伴うことは留意するべきです。

 

単に相続税の節税だけが目的であれば、安易にアパート建築に飛びつくのは大変危険です。

 

アパート建築以外にも節税の方法はたくさんあり、それらを駆使することで上手く資産を次世代に遺すこともできます。また、アパートを建設することで土地の分割が難しくなり、相続問題を逆に複雑にしてしまうこともあり得ます

 

相続対策の“正解”は、そのご家庭によってまったく異なるもの。建設会社の理屈ではなく、「あなたの状況にあった相続対策」を考えてみてはいかがでしょうか。


(2023/02/22改訂 文責:佐野純一)

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