「相続対策」と聞くと、ほとんどの人が「相続税」のことを思い浮かべるでしょう。中には単純に「相続対策=相続税の節税」と考えているケースもあるようです。
実際の相続対策は節税だけでなく、分割や納税資金準備なども含め包括的に考えなければいけないものですが、そうは言っても「やはり税金はなるべく少なくしたい」と思ってしまうのは仕方のないことかもしれません。
確かに「納税は国民の義務」とは言え、相続税は国民全員が均等に負担するのではなく「取れるところから取れ」という国税庁の思惑が見え隠れする制度だけに、抵抗感を持つ人が少なくないのでしょう。
そんな背景があるからでしょうか。ある程度の資産をお持ちの方には「相続税が少なくなる」という宣伝文句に条件反射的に飛びついてしまう傾向があるようです。
しかしながら、安易な節税策は思わぬリスク(=ブレ幅)を背負い込み、事態を大幅に悪化させる可能性があることを忘れてはいけません。
なぜそんな事態が起こるのか。モノを売らない「“お金の相談”の専門家」ファイナンシャルプランナー(FP)が、コンサルタントの立場からその理由を解説します。
まず最初にハッキリさせておかなければなりません。「世の中には“簡単”で“確実”な節税方法など存在しない」ということを。
考えてみれば当たり前の話です。
歴史を振り返ってみれば、確かに税制度の隙間を縫うような節税方法が誰かの手によって発見や考案されることはあります。
ただ、それが画期的な方法であればあるほど瞬く間に世に広がり、その結果すぐに国税庁の知るところとなります。そうなれば今度は国税庁がその方法を封じるための法改正をするのは自明の理で、実際のところ、毎年行われる税法改正はその繰り返しで成り立っているという側面があります。
言い方を変えれば、国税庁から放置されている「節税方法」は存在しないわけで、その状態を維持することは国民の不公平感をなくすために国税庁に課せられた義務とも言えるでしょう。
それでは、なぜ世の中には「節税」と謳われる方法がまかり通っているのでしょうか。
それは、そうした節税方法が実は「危ない橋を渡る行為」であることが認知されていないからです。
簡単に節税できるほど世間は甘くありません。ほとんどの節税行為にはなんらかのリスク(=ブレ幅)が伴っているのです。
土地持ちの資産家の間では相続税節税の“王道”ともなっているアパート建設を例に考えてみましょう。
「相続税を下げる」ということは、つまり「資産の相続税評価額を下げる」ということです。
自分の所有している土地にアパートを建てるとなぜ相続税評価額が下がるのか。ポイントは2つあります。
更地、あるいは自宅が建っている土地のことを「自用地」といいます。他者に気兼ねすることなく、自分で自由にできる土地という意味です。
一方でアパートが建っている土地は「貸家建付地」と呼ばれ、「自用地」に比べると相続税評価額が下がります。他人に部屋を貸している分だけ、使い勝手の面で自由度が下がるというのがその理屈です。
例えば、借地権が70%の土地であれば「自用地」に比べ「貸家建付地」の評価額は21%減となります。路線価で1億円の評価の土地の場合、「貸家建付地」としては7,900万円の評価額になるという計算です。
数ある資産の中でも現金は一番相続税評価額が高いものです。
1億円の現金は評価額も1億円ですが、このお金を使ってアパートを建てることで評価額が変わります。
アパートなどの建物の相続税評価額は固定資産税評価額がそのまま適用されますから、1億円の建設費で建てたアパートはおよそ6割の6,000万円程度の相続税評価額となるのが一般的です。
仮に自用地での相続税評価額が1億円の土地(借地権70%)に現金1億円でアパートを建てたとします。
相続税評価額はそれぞれ「7,900万円」と「6,000万円」、合わせて「1億3,900万円」となり、何もしない状況に比べ6,100万円の評価減となりますから、相続税率を40%と仮定するとなんと2,440万円の節税に成功したということになります。
これでめでたしめでたし……。果たして本当にそうでしょうか?
安心するのはまだ少し早いかもしれません。この結末をハッピーエンドにするためには絶対にクリアしないといけない条件があるはずです。
このアパート建設が本当の意味で節税になるための絶対条件。
それは「このアパートが2億円以上の価格で売れること」です。
冷静に考えれば当然ですが、1億円の土地に1億円の建設費をかけて作ったアパートである以上、2億円以上の価値がなければ困ります。いえ、土地は相続税評価額で1億円ですから、実際の売値としてはもっと高くならなければいけないはずです。
ただ、物事はそれほど簡単ではありません。収益物件であるアパートの売値を決定づけるのは、土地の時価でもアパートの建設費でもないからです。
肝心なのは、「そのアパートがいくら稼いでくれるか」。この一点につきます。
このようにその物件が稼ぐ力を元に価格を決める方法を「収益還元法」と呼びます。
不動産投資の世界では当たり前のように使われる手法ですが、これには相続税評価額はまったく関係ありません。いくらその土地の路線価が高くても、いくら建設費をつぎ込もうとも、稼げないアパートではそれ相応の売値しかつかないのです。
ともすると、1億円の土地に1億円の建設費をかけて作ったアパートであっても、家賃を低い金額でしか設定できなかったり、あるいは慢性的に空室が多いようでは1億5,000万円程度の売値しかつかない可能性も十分考えられます。
2億円かけて作ったアパートが1億5,000万円でしか売れないのであれば、その時点で5,000万円の損失が発生しています。
いくら2,440万円の相続税を節税できたからといっても、その倍の損失が生まれたのでは話になりません。節税ばかりに気を取られすぎると、こうした本末転倒とも言える事態が起こり得るのです。
「相続税を節税する」ということは、端的に言えば「手持ちの資産を不安定な状態にする」ということに他なりません。冒頭に触れたように、なんのリスク(=ブレ幅)もなしに節税できるような虫の良い話は存在しないのです。
厄介なのが、良かれと思って行ったこうした相続税節税対策が、相続が発生して数年後にその不安定さを露呈するケースです。対策を行った被相続人は既にこの世に存在しませんから、遺された人々が「負の遺産」を背負いこむことになります。
そんなガタガタの状態の資産を遺すことが、本当に遺族にとって良いことでしょうか?
特にアパート建設においては、営業マンの口にする「節税」という言葉の裏には常に彼らのビジネスが存在していますので注意が必要です。
「相続対策」は節税ばかりに気を取られることなく、長いスパンで包括的に検討することが大切なのです。